日本経済新聞オンライン版に、10月1日、「ライブドア事件とは何だったのか」というコラムが掲載されました。スキャンダル後の独立社外取締役として、金商法訴訟に対する防衛戦略の担当役員を務めた私としては、「事件は何だったか」についてコメントしたい見解が多々あります。
1)虚偽記載は確かにあったが、特捜部の劇場型捜査はやりすぎだった。家宅捜査を始めた時点では何を探しているか分からなかった。(普通なら、捜査開始前にNHKを呼んでいる場合ではなかった。)
2)他の不正事件事例と比較し、捜査のやり方および個人が受けた処罰には不公平さの印象(事実)が残った。
3)結果、日本の若者の起業家精神、新しいことへの挑戦する野心、「おじさん」が支配する社会・システムに対する信頼に冷や水を浴びせた。LDは上手に経営され、整合性がある「戦略」を持つ企業ではなかったが、若者にとっては「我々も会社を作って、面白いことができる!」象徴的な存在だった。
4)事件は、TSEに自社コンピューターのキャパシティー増設を加速させた。(事件当時、LDの発行済み株式総数は全上場企業の株式総数の何と30%以上だった。(!!))
また、
5)私が当時主張したように、即座に上場廃止されず猶予期間をもたせるための「特設注意市場」が設けられた。(これは明らかにLD事件の反省にたって、東証にて2007年11月に設立された制度。)
6)金商法の新しい条文であった21条の2の初めての適用として日本の金商法解釈にとって歴史的に重要な判例がでた事件だった。同条文は民間原告による(民事)訴訟が大幅に楽になっただけではなく、被告企業に立証責任を転嫁する(米国に存在しない)とても厳しい法律である。したがって、当時、私は訴訟の防衛・反証を「因果関係」で争うために多数の経済学者、アナリスト、内外の法学者など(10社?)を集めてありとあらゆる手段をとった。事件は、数年前の法改正で厳しさが緩和され、strict liabilityから「過失責任」にかわる原因の一つだった。
この経験を踏まえて、
7)私は役員研修に特化する「公益社団法人会社役員育成機構(BDTI)」を設立した。
私は堀江さんに会った事はないが、同氏が事件後に少なくとも日本では「回復」して活躍されている事実は若者にとって失敗から立ち直るチャンスはあるという事例として、最終的にはプラスの面もあったのではないかという気がしています。
–ニコラス・ベネシュ