「コーポレートガバナンス改革の実践に向けたアクション・プログラム 」に追加すべきもの

ニコラス ベネシュ
公益社団法人会社役員育成機構(BDTI)代表理事
(以下の内容は個人としての意見です。)

(次期内閣総理大臣候補 – 順不同)
内閣官房長官林芳正氏、外務大臣上川陽子氏、経済産業大臣齋藤健氏、デジタル大臣河野太郎氏、経済安全保障担当大臣高市早苗氏、幹事長茂木敏充氏、自由民主党衆議院議員石破茂氏、自由民主党衆議院議員小泉進次郎氏、自由民主党衆議院議員小林鷹之氏、自由民主党衆議院議員野田聖子氏、自由民主党衆議院議員加藤勝信氏

CC: 内閣総理大臣岸田文雄氏、自由民主党政務調査会長代理柴山昌彦氏、自由民主党厚生労働大臣政務官塩崎彰久氏、自由民主党幹事長代理木原誠二氏、自由民主党中西健治氏

日本のコーポレートガバナンス・コード(CGC)と投資家のスチュワードシップは車の「両輪」のように機能しなければならない。かねてからそう提唱していた[1]私が、2014年にCGC制定を自民党に提案する機会を得て、最も重要なことだと主張したのは「ガバナンス体制とその実質を確認できる情報開示を促す」ことだった。

『真に独立し、かつ資質を有する独立取締役が過半数を占める取締役会の方がガバナンスと監督が効果的に機能する可能性が高い』。このことは2014年当時から、世界中の多くの国で認められていたことだった。各社の情報開示とスチュワードシップが機能するようにさえなれば、先進国たる日本もその後5年程度で自ずと同様のスタンスをとるだろうと当時の私は考えていた。

しかしながら、10年経った今も、この二つの課題について真剣な議論が行われていない。

投資家が日本の株式市場に注目している今だからこそ、私は、この核心的な問題に向き合い、以下のようなステップを踏んで変革のスピードを上げるべきだと考える。

独立社外取締役の過半数選任義務

 プライム市場に上場する会社の平均的なPBRは1.5程度で、2014年から2023年までの総株主利益率(TSR)は約8%に過ぎない。しかし、社外取締役が6名以上いる企業では、それぞれ2.07倍、8.6%に上昇する。そのうち、各社が独自の基準で「独立役員」として開示する取締役が過半数を占める企業では、この数字は2.29倍、9.3%に上昇する。さらに、(より厳しい)東証の独立性判断基準で「独立」と判断される取締役が全体の40%を超える企業だけを見ると、この数値は再び上昇し、2.57倍、10.5%となり、プライム取引所全体の平均を大きく上回る。

企業価値の意味および取締役会の責務の明確化

金融庁のアクションプランにおいては、東証が資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた要請を行ったことを踏まえ、上場企業が形式的な対応に留まらず、収益性と成長性を意識した経営を行うようフォローアップしていくことが唄われている。しかし、現在のコーポレートガバナンスコードは「企業価値」を明確に定義しておらず、さらに踏み込んで言えば、取締役会の役割として株価を高める意識は曖昧なままだ。

企業価値については基本原則4【取締役会の責務】において、経済産業省(METI)が2023年8月31日に策定した「企業買収における行動指針」を踏まえた明確な定義を置くべきだ。同指針では「企業価値を資本の調達源泉の側面から見れば、企業価値は株主価値(市場における評価としては時価総額)と負債価値の合計として表される」と明言されている。

加えて、取締役会の責務として、企業価値の主たる構成要素である時価総額つまり株価を、中長期的に向上させることが重要な役割であることを明確に定めるべきである。株主との対話においても明確に意識されていない場合が少なくない。

 毎年の役員研修の実績開示

新任の社外取締役が増加した。その結果、多くの取締役は経験が浅く、トレーニングも受けたことがない。日本は今、深刻な取締役会の「経験と知識の不足」に直面している。

私は2014年にCGCの内容について金融庁に助言するメモを提出したことがある。私は次のように書いた。

『取締役及び監査役の研修:全ての新任取締役及び新任監査役は取締役会に加入するにあたり、包括的で適切な導入研修を受講すべきである。その内容には、受託者責任・責務及びこうした職責をいかにして果たすかについての説明並びに会社の事業やガバナンスに関する実務に慣れるためのオリエンテーション・プログラムが含まれるべきである。会社は、上場企業での同様の業務経験がない取締役や監査役に対して、会社法、金融商品取引法、会計、財務(ファイナンス)、M&A、リスクマネジメント、ガバナンスのベストプラクティス、また、必要に応じてその他法律、監査及び業界特有の知識に関する第三者的立場にある専門家による研修を提供すべきである。』

残念なことにCGCの起草者は「受講すべき」という表現言葉ではなく、「トレーニングの機会の提供・斡旋やその費用の支援を行うべき」という文言を採用した。企業が最低限行うべきことは、謙虚にそれを求める取締役がいた場合、「研修費用を払い戻す意味で『機会』を提供する」方針を宣言することで、それで足りるかのような印象を与えてしまった。このような「方針」は「実際に受講させる」のとは異なる。

同じメモで、私はさらに次のように提案していた。「毎年、上場会社は前年に行なった取締役・監査役への研修(又は事前研修)の概要を公表すべきである。」この要件がCGCに取り込まれていれば、「経験と知識不足」の課題は今ほど大きくなっていないはずだ。

上場企業の三つの機関設計コンバージェンスを図る

 日本のように三つの機関設計が使われていることによって、これほど投資家に混乱とエンゲージメントの非効率性が生じている例は、他の先進国にはない。まずはコンバージェンス(収束・収斂)の基盤を設定するために、以下のステップを踏むべきである:

・監査役会設置会社および監査等委員会設置会社にも、善管注意義務を負う「執行役」を会社法上の機関として設ける。これは、もとより私が提案してきたものであるが、METIが2017年に会社法制審議会に提出した意見書の内容そのものでもある。特に監査等委員会設置会社が「権限移譲」をした場合であっても、会社法上執行役の設置が必須になっていないのは、モニタリング・モデルを志向しながら徹底されていないと言わざるを得ない。同じくモニタリング・モデルを志向した指名委員会等設置会社が、機関としての執行役に権限を委譲し、監督機能と業務執行機能の分離をはかることを意識していることと比べて、大きな乖離がある。法を理解しようとする投資家にとっては奇異に感じられるはずだ。会社が多くの権限を経営者に委譲する場合、権限が大幅に増えた者は重い善管注意義務を負うべきである。

METIが法制審議会に提出したメモ[2]に書かれている通り、業務執行を担う者として、いわゆる「執行役員」など会社法上「使用人」とされる者が選任され、会社法上の善管注意義務を負う「業務執行取締役の数は削減され」ている問題が今、市場の至るところで発生している。

・指名委員会等設置会社の場合には、TSEの独立性基準を満たす独立取締役が取締役会の過半数を占めるのであれば、取締役会決議により指名委員会が決定した選任・解任議案を変更することを可能にする。そうでなければ、かえって指名委員会の構成(委員の選定)にCEOの影響が影で及んでしまい、指名委員会の客観性を損なうおそれがある。

役員らによる株式売買の開示

 日本では、上場会社の取締役がその会社の株式を売買した場合、その取引が記載される次の有価証券報告書が提出されるまで、投資家は把握できない(約1年待たされることもありうる)。

米国では対照的に、この手の情報はSECに報告されなければならず、その詳細はYahoo! ファイナンスなど無料の情報源にも公開される。経営陣による自社株式の大量売却は株式市場ではネガティブなサインと受け取られる。こうした情報が速やかに開示されることで、市場全体の効率性・透明性を高めることができる。

なぜ日本ではこのような貴重な情報が速やかに公開されないのか不思議ですらある。

実質株主の開示の充実

 投資家の側の情報開示も拡充されなければならない。米国の場合では上場会社の大口保有者上位10名のみならず、多額の資産総額(例えば150億円以上)を運用している機関投資家の保有情報も(5%未満の投資先も含め)四半期毎に詳しく開示する義務があり、その内容は一般公開されている。

その結果、米国ではインターネットを使えば、誰もが手数料を払うことなく、上場会社の大口保有者となっている実質株主が誰であるか、機関投資が何%を保有しているかまで確認できる。非常に価値のある「シグナル」情報でもある。

こうした実質株主の開示の充実は、役員による株式売買の情報と同様、市場全体の効率性・透明性を高めるものであるが、日本ではこの種の情報を集めるのがとても難しい。
もし、この種の情報があれば、中堅規模の上場企業の場合、個人投資家は機関投資家の存在を確認することで、安心して投資できる場合が多くなるはずだ。このような「投資しやすくなる開示ルール」の政策は、米国市場の強みの一つである。日本でもこの種の情報が公開されるべきである。

株式市場の効率性を高める、更なる情報開示の強化

 上記で指摘したとおり、大口の実質株主情報をEDINETで一般公開すべきである。加えて、(a)大口保有者上位10名だけではなく、多額の運用資産(例えば300億円以上)を運用している投資家の、短期売買ではない保有銘柄情報を遅滞なく登録させて一般公開する;(b)頻繁に多額の売買をしている大口投資家の取引情報を遅滞なく登録させて公開する;(c)「インサイダー」と思われる者(取締役、執行役員、弁護士など会社のアドバイザー)の取引情報を遅滞なく登録させて公開する、といったことが考えられる。

米国では、このようなルールは既に定着しているので、例えばYahoo!ファイナンスでも他の機関投資家も個人株主はこのような情報を簡単に無料で確認できるようになっている。なぜ金融庁が情報開示を求めないのか、私には理解できない。EDINETに載せれば、Yahoo!ファイナンスからも誰でもアクセスできるようになる。「対話」とNISAの時代であるからこそ、市場の効率化に不可欠である。

機関投資家の議決権行使情報の比較可能性の向上

 スチュワードシップコード(SC)は原則として、運用業者に対して各々の保有する銘柄について個別議案毎の議決権行使結果を開示することを求めている(5-3)。しかし、現在はそのデータの統一的なフォーマットは指定されず、一元管理もされていない。運用業者の議決権行使活動をアセットオーナーが比較・分析するのがとても困難で、インベストメント・チェーン活性化の障害となっている。

このままでは、SCの開示から期待されている価値が実現されることはない。データは統一化されたフォーマットでEDINETに一元管理されるべきだ。

 年金受益者を保護する日本版ERISAの制定

 日本では、米国のERISAのような、企業・その他の年金受益者を保護するためにアセットオーナーや運用業者を規律する法律が存在せず、また、既存の法律に関して厚生労働省によるエンフォースメントが弱い。AIJ事件の後、自民党の調査委員会が「日本版ERISA」を提唱したことを覚えている方もいるだろう。私も約20年前から政治家、厚生労働省や総理大臣に提唱したのだが、現在でもやはり、「日本版ERISA」の制定が必要だと考える。

日本版ERISAの制定によって、アセットオーナーの理事や運用業者などに課されるfiduciary dutyと、企業グループ利益相反性問題の概念・意識を明確に植え付けて、一般の民事上の委任契約に比べて明快かつ厳格な「資産運用」の場合に適用される法的なスタンダードを設けることになる。

「日本版ERISA」には、他にも以下のようなメリットがある。

・受益者が年金基金の理事会メンバーまたは運用業者を直接訴える権利を与える(現状では企業を通じた間接的な提訴請求のみ)

・ESG投資の手法またはprivate equity、ベンチャーキャピタル投資などの機会が加速度的に増えている中、ERISAにあるような「prudent man rule」の採用によってそれらがポートフォリオの有益な分散化に寄与するものとして明確に見なす。

・有価証券報告書で政策保有株のうち「みなし政策保有株式」の中に、退職金に引き当てられた資産、場合によっては企業年金資産さえ、信託に預けられ、母体企業が議決権行使権をコントロールしているものが含まれていると言われている。もしそうであれば、企業も(該当する場合には、年金基金も)その旨を、投資家および受益者に対して明確且つその詳細と理由・正当化について開示が必要である。

もしも日本版ERISAがあれば、Avon letterルール(fiduciary dutyに沿って議決権行使がされなければならないルール)によって年金基金およびその委託先運用業者が自ら能動的に受託者責任を全うし行使しなければならないので、年金基金の場合には母体企業が議決権行使をコントロールすることは違反行為になる。

退職金用アセットや企業年金資産が信託に預けられた場合も本来は同じ原則が適用されるはずである。有価証券報告書には、当該企業が議決権行使をコントロールさせているのか、それとも独立した第三者に議決権行使および銘柄選定をコントロールしているのか、の開示が必要である。「退職金」は日本特有の制度なので、日本版ERISAはこのような「退職金用アセット信託」のケースも網羅すべきである。

 開示書類の機械可読性の改善

現在の東京証券取引所は、情報開示の「質」向上の必要性を主張している。誠意をもってそう宣言していると思われるが、問題に真摯に向き合う覚悟があるのなら、東京証券取引所に提出される「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」についても、「開示項目」ごとに細分化した状態のまま機械が読みとることができるよう、XBRLタクソノミーを修正すべきである。

現状は、報酬や指名に関する方針など11以上もの異なるトピックに関する開示が十把一絡げにされ、単一のXBRLタグの下に詰め込まれている。これでは各項目を切り離すことができず、複数の企業の比較分析はとても困難である。

結果として、車の「両輪」と「比較分析」発想が原点だったのに、投資家による分析・比較が十分になされていない。CGCの目的の達成に最重要であるこれらの項目について、厳密な比較分析がされていないから、上場企業が行う情報開示の内容と質は不十分なままである。このような背景があるので、投資家は「質が低い開示情報を厳密に分析する意味ない」、と当然のように言う。これは悪循環に他ならない。現状は、ビッグデータの時代にも関わらず、東証が目指すべき方向とズレてしまっている。

私は、日本のリーダーが従来からの内向きの傾向から脱して、他国の資本市場から素早く学び取り、本質的な課題に取り組んで改革を加速させるようになることを強く希望する。

以上

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[1] 「私が2013年に「ダイバーシティ」に取り組むガバナンス・コードを提案するに至るまで」 https://blog.bdti.or.jp/2023/12/02/cgcp/ の中、「予算が要らない、最大に評価される三本目の矢」題名のメモをご参照ください。

[2] 「企業統治等に関する規律についての問題意識」(平成29年 4月26日)https://www.moj.go.jp/content/001237422.pdf


			
					

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