前の記事「How far has corporate governance progressed in 2021 (3)」で、Metricalユニバース1,704社の2020年12月および2021年12月時点の時価総額の変化率とTobin’s q、ROAおよびMetricalスコアのそれぞれの変化率で相関を分析の結果について述べました。その分析結果は、下表の通り、時価総額の変化率とTobin’s qおよびROAおよびMetricalスコアのそれぞれの変化率において有意性のある正の相関が確認されたました。
今回のテーマは時価総額の変化率にはROEよりもROAと有意性のある正の相関が確認されたのはなぜか?に焦点を当てたいと思います。ご案内の通り、ROAは会社の収益力の言わば地力を示すものであるのに対し、ROEはその収益力に資本構成を変更することによって引き上げることができるから、ROAは業績改善によって直接的にインパクトがあるのに対し、ROEは業績向上に直接拠らずとも引き上げることができるということができます。本記事ではROAが改善した(然るに時価総額が増加する傾向がある)会社にコーポレートガバナンス・プラクティスの観点で何か変化があったのかを検証してみたいと思います。
Metricalユニバース1,704社の2020年12月および2021年12月時点のROAの変化率をコーポレートガバナンス・プラクティスの各評価項目において相関分析をしてみます。下表ではボードプラクティスとキー・アクションで分けて示しています。2021年の1年間のROAの変化率には、会社が実際に行動するキー・アクションの中の現金保有スコアと配当方針スコアが有意性のある正の相関、成長方針スコアとは有意性のある負の相関がみられました。会社はROAが1年間で変化したことによってボードプラクティスを変更する動機にはならないということができるかもしれません。一方で、キー・アクションに関してはROAが1年間で変化した場合に会社は配当を増やすことによって現金を減らした傾向があることが確認できました。ROAの変化率と成長方針との間に有意性のある負の相関があることに関してはさらに分析していく必要がありますが、利益の増加によってバランスシートに積み上がった現金を増配による株主還元に利用したものの、成長投資に現金を利用する面では説得力がまだ不足していると推測することができるのかもしれません。
次に下表で示す通り、ROEの変化率をコーポレートガバナンス・プラクティスの各評価項目において相関分析をしてみます。2021年の1年間のROEの変化率には、会社が実際に行動するキー・アクションの中の現金保有スコアと有意性のある正の相関がみられました。上述のROAと同様に、会社はROEが1年間で変化したことによってボードプラクティスを変更する動機にはならないという結果でした。これは、会社の業績が良くなったからコーポレートガバナンス・プラクティスを良くするということにはなっていないと言えるのかもしれません。これまで、業績に自信がある会社はコーポレートガバナンス・プラクティスを良くする傾向があるのか、コーポレートガバナンス・プラクティスを良くすると業績や株価が向上する傾向があるのか(Metricalは後者に期待しています)という「鶏と卵」の議論がありましたが、この結果は少し希望を持たせてくれます。話を元に戻しますと、一方でキー・アクションに関してはROEが1年間で変化した場合に会社はバランスシートから現金を減らす傾向があることが確認できました。配当方針スコア、自己株式消却スコアおよび成長方針スコアと有意性のある正の相関はみられませんでした。ROEが上昇した会社は現金を減らした傾向にあったものの、その方法は増配や成長投資に強い傾向があったわけではないということ絵を示しています。自己株式消却とも有意性のある正の相関が見られないことから、自己株式消却に直結したわけでもないようです。消却する決定はしていないものの自己株式の買い戻しに現金を利用したことは十分に考えられますので、増配と成長投資に明確な相関が見られないとすれば、おそらく自己株式の買い戻しに現金を利用したと推測されます。
上記の検証をまとめてみます。時価総額(株価)の変化率にはROEよりもROAと有意性のある正の相関が確認されたのはなぜか?の問題の明確な答えは見つかりませんでしたが、ROAとROEの変化率とコーポレートガバナンス・プラクティスの評価項目との相関分析で興味深い発見がありました。一つ目は、業績に自信がある会社はコーポレートガバナンス・プラクティスを良くする傾向があるのか、それともコーポレートガバナンス・プラクティスを良くすると業績や株価が向上する傾向があるのかという議論に関して、会社がコーポレートガバナンス・プラクティス(とりわけボード・プラクティス)を良くする背景には業績の改善(ROAやROEの改善)よりも何か他のインセンティブがあるのではないかということです。2つ目は、ROAが改善した会社は利益の増加によってバランスシートに積み上がった現金を増配による株主還元に利用したものの、成長投資に現金を利用する面では説得力がまだ不足していると推測できることです。3つ目は、ROEが上昇した会社は自己株式の買い戻しに現金を利用する傾向があると推測できることです。
これらは2021年の1年間の分析なので、今後も継続して検証していく必要がありますが、興味深い分析結果が得られたことは事実です。投資家の立場からすれば、時価総額(株価)の変化率に有意性の相関があるのは、Metricalスコア(コーポレートガバナンス・プラクティスの総合評価)とROAそれぞれの変化率であることが確認されたことから、引き続き上場会社のコーポレートガバナンス・プラクティスの改善に注目する必要があります。ROAの変化率に注目することが有効であることから、当然ながらファンダメンタルズ分析を通じて業績動向や経営戦略に注目する必要があります。ROEの変化率と時価総額(株価)の変化率に有意性の相関は確認できませんでしたが、ROEが改善した会社は現金を減らす傾向があり、その有力な方法が自己株式の買い戻しであると推測されます。自己株式の買い戻しは株価を短期的に上昇させる機会になることから、いつ会社が自己株式の買い戻しを行うかは不明ながら、現金を多く保有する会社には目を離さず注意する必要があります。
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