社外取教訓#7:D&O保険がなければ自分で用意

ニコラス・ベネシュ社外取教訓連載

2006年末のライブドア株主総会の招集通知に私は取締役候補者として記載されましたが、私の理解する限り、指名にあたっては私の同意を得ていません。予め面接を受けたのは事実です。面接から6週間後にまだ興味があるかメールで聞かれ、「興味がある」と返信しただけで、「やります」とは言っていません。でも、同意を得たかどうかよりも私にとってはるかに重要だったのは、私が明確に提示した条件のうち、ライブドアが動く必要のあった報酬の明示とD&O保険の確約という2つの件が全く実行されていなかったことでした。

D&O保険については、ライブドアが日本国内の20社以上の保険会社に尋ねて加入しようとしたが全て断られたと、同社の「顧問」から聞かされました。「保険ブローカーには頼みましたか」と尋ねると、日本語で「そんなことを言うのは失礼だ」と怒られ、「可能な限り手は尽くしました」と言われました。 私は、「これは私だけではなく、役員全員を守るためのものです。総会当日にD&O保険がなければ、私は取締役になるつもりはありません」と伝えました。

ライブドアが「嵐」に突入していくことは明らかであり、もちろん取締役として悪いことをするつもりはなかったのですが、何かが起らないとも限りません。D&O保険が最も必要な理由の1つは、万が一、不当な訴訟を起こされた場合の弁護士費用をカバーすることです。 それがないと、裁判で勝っても莫大な費用負担が残ってしまいます。

そこで私は、保険ブローカーのAonとChubb Insuranceの友人に電話をかけ、事情を説明しました。私が取締役に就任するかもしれないこと、そして他の独立取締役候補が評判の良い人たちであることから、Aonは動いてくれました。直ちに情報を収集し、新しい取締役会の構成とその内部慣行に関する査定レポート(アンダーライティング)を作成し、外国の保険会社に見せ、保険を提供してくれそうな会社を探すのに努めてくれたのです。

Aonが動きはじめた時点で、株主総会まであと3週間を切っていました。情報が集まりだして、2週間足らずでAONは査定レポートを完成させました。その間も「株主総会の時に保険がなかったら貴方は取締役にならないのか」と聞かれ続けました。 私が取締役にならなかったらどうなってしまうのか、おそれを感じているようでした。

ちょうど総会の2日前に、Chubbが1,000万ドルの保険をかけてきました。 正直なところ、私自身が取締役に就任していなければ、このような保険はかけられなかったと思います。なぜなら、私はChubbと長年の付き合いがあり、日本のコーポレート・ガバナンス改善に対する私の取り組みを知っていましたから。 このときのD&O保険の用意には、アンダーライティングだけでなく、個人的な信頼関係も不可欠だったのでしょう。翌日、他の保険会社2社も入ってきて、合計で3,000万ドルの保険を用意することができました。 総会の前日のことでした。

D&Oがなかったら、私は間違いなく手を引いていたでしょう。 信頼されるブローカーによる詳細なアンダーライティング・レポートを見て、それでも引き受ける保険会社がないような会社は危険すぎます。

皆さんも取締役になる際には、十分なD&O保険に加入していることを必ず要求してください。 日本では、急速なグローバル展開が進みながらも多くの企業が保険に加入していません。会社の加入している保険証券のコピーを受け取って、実際にどのような保険があるのかを確認し(あるいは保険ブローカーの友人に確認してもらい)、同様の状況にある企業と補償内容を比較してみるのが良い方法です。 これまでに私は2回ほど、相見積もりをとって、補償限度額を引き上げたり、各種条件設定を改善できないか、会社に提案したことがあります。 どちらのケースでもうまくいきました。 通常、会社と契約している保険会社は顧客を維持するために懸命に戦います。こういう場合に有効なのは、「この保険は私だけのものではない。 この保険は、役員全員を副次的なリスクから守るものであり、その心配をすることなくより良い意思決定ができるようにするものです」と強調することです。

会社がD&Oに加入していない場合は、保険会社や保険ブローカーに聞いて、加入するために必要なことを調べてください。諦めないでください。保険会社に必要とされてる主たるものは、会社が本来持つべきガバナンスの実践や内部統制などの方針に関するものです。その意味でも、アンダーライティングは非常に有益なフィードバックを与えてくれるでしょう。

ニコラス・ベネシュ
(個人的な立場で書いており、いかなる組織を代表する立場ではありません)。

備考:私がライブドアの取締役会で起こったことを語れるのは、同社がもう存在しないからです。通常、取締役は会社に対して「守秘義務」を負っており、取締役会の議論や機密事項については、死ぬまでその義務が続きます。しかし、ライブドアはもう存在しないので、私が義務を負うべき対象会社はもう存在しないのです。

—————————————————————

この投稿が役立ったと思われた方は、他のシリーズもありますのでぜひご覧ください。今後もまだ続きます!

社外取教訓#11:委員会にはルールが必要(クリック)

社外取教訓#10:取締役が梶をとること(クリック)

社外取教訓#9:CEOの交代・選定(クリック)

社外取教訓#8:役員会の役割(クリック)

社外取教訓#6:完全な独立性を確保するクリック

社外取教訓#5:内部通報窓口としての存在クリック

社外取教訓#4:会社が潰れることよりも悪いことは?クリック

社外取教訓#3:こんなにも早く会社が倒産するのか(!)(クリック

社外取教訓#2:社外取締役として初めて経験したこと(クリック

また、以下最初の投稿をお読みいただき、BDTIがより良いガバナンス、日本の未来、そしてサステナビリティに貢献し続けられるよう寄付をご検討いただけると(クリック)ありがたいです。これらの投稿を広く共有してください!

社外取教訓#1:役員研修のBDTIの起源(下記)

2023年4月16日、私ニコラス・ベネシュは67歳を迎えました。そこでぜひお願いがあります。私が代表理事として14年間、日本で3,000人以上の方に役員研修(e-ラーニングを通すともっと多く)を提供してきた益法人会社役員育成機構(BDTI)への寄付をご検討いただけないでしょうか。また、これを機に、今後、コーポレート・ガバナンスに関連する論点やメッセージを、最近の出来事や私自身の15年にわたる社外取締役経験(又は友人の経験)に基づき、短く、読みやすく、しかしできれば考えさせられるような投稿を、このブログで連載していこうと考えています。

BDTIの仕事は、情熱と責任を必要とする「mission work (ミッション・ワーク)」であります。これからの投稿は、私がなぜこのような仕事をしているのか、日本や日本企業、投資家が直面する課題、そしてそれをどのように克服できるのかを明らかにするという意味で、興味をもっていただけると思います。これは、15年近く日本企業で取締役を務め、20年以上にわたってコーポレート・ガバナンス改善についてアドボカシーを積極的に行った者の視点を紹介するものになります。

日本には本格的な取締役研修の習慣や義務がないため、BDTIは研修をいわゆる「補助金」を出す形で安く提供しなくてはいけません。質の高いプログラムを、(倹約家である)お客さまを引き付けるに十分な価格帯、つまり、1人1時間当たりで他の先進国の市場の3分の1の価格で提供できるようにしなくてはいけません。 (安い給料を支払って、私自身で多くの寄付しても、これが市場の現実です)。しかも、「G」は「ESGの大黒柱」であるにもかかわらず、その事実があまり認識されていないのです。

では私たちはどのようにしてこの「補助金」を出しているのでしょうか。 1)第一に、東京郊外に小さなオフィスをかまえ、経費をケチること、2)第二に、日本のコーポレート・ガバナンスの有効性と信頼性を高めることが重要だと考える個人や機関投資家から寄付をいだだけること、3)第三に、長期にわたる「ビッグデータ」構造化データベース(テキストを含む)を収集・正規化し、そのアクセスを大手ファンドマネージャーに販売すること。

ようやく日本の機関投資家も支援を検討してくれるようになりましたが、もう少し時間がかかりそうです。…なので、今はまだ数千円でも良いので、皆さんのご支援が必要なのです。

2022年度活動報告・2023年度 次年度予定: https://blog.bdti.or.jp/2023/03/16/fy2023/
(BDTI女性役員研修奨学金制度2023の情報も含める)
BDTIの研修プログラム: https://bdti.or.jp/director-training/

           寄付の方法:   https://bdti.or.jp/about/make-a-donation/

公益社団法人会社役員育成機構 https://bdti.or.jp/
代表理事
ニコラス ベネシュ
(個人的な立場で書いており、いかなる組織を代表する立場ではありません)。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください