社外取教訓#6:完全な独立性を確保

ニコラス・ベネシュ社外取教訓連載

2006年春にライブドアが上場廃止になったとき、その株主構成が突然大きな問題になりました。 なぜか? ライブドアの株式の大半は、海外のヘッジファンドを中心とした複数のファンドが保有していました。いくつものファンドが、まさかこんなに早く上場廃止になるとは思ってもみなかったので、「未公開株」として売れなくなってしまい大層ご立腹でした。かたや国内の一般機関投資家や、いくつかの事業会社も保有してました。残りの部分は多数の個人投資家が保有しており、この会社が株式分割を何度も行っていたため株価が低く、買いやすく割安に見えたため、限りある貯金の大部分を使ってライブドアの株を購入した個人が多数含まれていました。

会社としてのブランドと社会的な「営業許可証」が事実上無価値になったことで、会社は大混乱に陥り、株式を売却する方法が突如として消えてしまい、皆が怒っていました。ヘッジファンドの中には、日本について何も知らないような、世界規模のファンドほどは評判の高くないものも混じっていました。 彼らは何度も会合を開き、会社を清算するかどうか、どのように、いつ清算するかについて合意しようとしましたが、資産の売却方法や、どのファンドが自社のパートナーをライブドアの取締役として任命するかといった詳細についてまったく合意できませんでした。彼らは大きな課題について投資先企業に対して要求することに慣れていましたが、ライブドアの場合にはうまく行きませんでした。それでもファンド間で合意できたのは、招聘されたCEOのパフォーマンスに不満があること、その理由は彼のM&Aの経験が少ないというものでした。

最終的に、一番懸命なとあるファンドの敏腕弁護士が「不毛な交渉はやめて、真の独立取締役が取締役会の絶対多数を占めるように、候補者を探そう」と提案しました。 候補者選定のプロセスが始まり、私はその一環として連絡を受け、取締役に興味があるかどうか聞かれました。 私はガバナンスを改善に強い関心があり、これは勉強になるかもしれないと思って「検討してもいい」と答えましたが、それには条件がありました。 1)報酬があらかじめ決まっていること、2)D&O保険(役員賠償責任保険)に加入していること、そして3)ファンドのグループ側は、私が完全に独立した取締役として、自分たちだけでなく、すべての株主を代表して行動することを理解しなければならないこと。 これらの条件は「面談」の電話の際に明確に提示し、その後、電子メールで文書化しました。

あるヘッジファンドのファンドマネージャーから、別な投資家を直接紹介されました。ごく 短い面談だったので、終わったあとにファンドマネージャーとコーヒーを飲みに行きました。ファンドマネージャーは「ライブドアがあの投資家に或る資産を売却すると合意しているのはご存知ですよね?」と聞いてきました。「そんなことは聞いていないし、私は必ずしも今は同意しない。私の考えでは、大きな資産はすべて競争入札で売却して、最も高い価格を得るべきだと思っています」と答えています。

それから1ヵ月半ほどして、「取締役候補になることに、まだ興味がありますか」という短いメールが届きました。私は「興味はある」と返信しましたが、すぐに返事がなかったので、この件は終わったものだと思っていました。 しかし数週間後、招集通知を見て、私が社外取締役候補として指名されたとが分かったのです。

報酬について問い合わせたところ、「報酬を担当する社外取締役」に会うように言われました。ある人が私のオフィスを訪ねてきたのですが、報酬についての話し合いかと思いきや報酬のことは一切触れず、1時間にわたって大声で私を責め立てたのです。 理由は、選任されたら現CEOの解雇を即断する約束を求められたのに、私がそのような約束は一切しないと断ったから、というものでした。 独立取締役としてその必要があるかどうかは、取締役会に参加して、会社の全容とCEOの業績を責任を持って把握できるようになってから決めることだと答え続けました。(その時点で、私の名前はすでに招集通知に記載されていたので、投資家が私の指名を「撤回する」のは無理に近いことでした)。

こうしたやりとりや様々な脅しがあったにもかかわらず、完全に独立的な立場にある取締役であるという第一条件を貫いたことで、私は就任後、柔軟性を保ちながら正しい判断を下すことができたのです。しかし、この会社が完全に混乱に陥っていることは明らかでした。私は、最初に面接を受けた際に会った弁護士に、私の求める条件が満たされていなければ取締役会には参加しない、と告げました。

そして、事態はさらに混沌としたものになっていきました。

ニコラス・ベネシュ
(個人的な立場で書いており、いかなる組織を代表する立場ではありません)。

備考:私がライブドアの取締役会で起こったことを語れるのは、同社がもう存在しないからです。通常、取締役は会社に対して「守秘義務」を負っており、取締役会の議論や機密事項については、死ぬまでその義務が続きます。しかし、ライブドアはもう存在しないので、私が義務を負うべき対象会社はもう存在しないのです。

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この投稿が役立ったと思われた方は、他のシリーズもありますのでぜひご覧ください。今後もまだ続きます!

社外取教訓#11:委員会にはルールが必要(クリック)

社外取教訓#10:取締役が梶をとること(クリック)

社外取教訓#9:CEOの交代・選定(クリック)

社外取教訓#8:役員会の役割(クリック)

社外取教訓#7:D&O保険がなければ自分で用意(クリック)

社外取教訓#5:内部通報窓口としての存在クリック

社外取教訓#4:会社が潰れることよりも悪いことは?クリック

社外取教訓#3:こんなにも早く会社が倒産するのか(!)(クリック

社外取教訓#2:社外取締役として初めて経験したこと(クリック

また、以下最初の投稿をお読みいただき、BDTIがより良いガバナンス、日本の未来、そしてサステナビリティに貢献し続けられるよう寄付をご検討いただけると(クリック)ありがたいです。これらの投稿を広く共有してください!

社外取教訓#1:役員研修のBDTIの起源(下記)

2023年4月16日、私ニコラス・ベネシュは67歳を迎えました。そこでぜひお願いがあります。私が代表理事として14年間、日本で3,000人以上の方に役員研修(e-ラーニングを通すともっと多く)を提供してきた益法人会社役員育成機構(BDTI)への寄付をご検討いただけないでしょうか。また、これを機に、今後、コーポレート・ガバナンスに関連する論点やメッセージを、最近の出来事や私自身の15年にわたる社外取締役経験(又は友人の経験)に基づき、短く、読みやすく、しかしできれば考えさせられるような投稿を、このブログで連載していこうと考えています。

BDTIの仕事は、情熱と責任を必要とする「mission work (ミッション・ワーク)」であります。これからの投稿は、私がなぜこのような仕事をしているのか、日本や日本企業、投資家が直面する課題、そしてそれをどのように克服できるのかを明らかにするという意味で、興味をもっていただけると思います。これは、15年近く日本企業で取締役を務め、20年以上にわたってコーポレート・ガバナンス改善についてアドボカシーを積極的に行った者の視点を紹介するものになります。

日本には本格的な取締役研修の習慣や義務がないため、BDTIは研修をいわゆる「補助金」を出す形で安く提供しなくてはいけません。質の高いプログラムを、(倹約家である)お客さまを引き付けるに十分な価格帯、つまり、1人1時間当たりで他の先進国の市場の3分の1の価格で提供できるようにしなくてはいけません。 (安い給料を支払って、私自身で多くの寄付しても、これが市場の現実です)。しかも、「G」は「ESGの大黒柱」であるにもかかわらず、その事実があまり認識されていないのです。

では私たちはどのようにしてこの「補助金」を出しているのでしょうか。 1)第一に、東京郊外に小さなオフィスをかまえ、経費をケチること、2)第二に、日本のコーポレート・ガバナンスの有効性と信頼性を高めることが重要だと考える個人や機関投資家から寄付をいだだけること、3)第三に、長期にわたる「ビッグデータ」構造化データベース(テキストを含む)を収集・正規化し、そのアクセスを大手ファンドマネージャーに販売すること。

ようやく日本の機関投資家も支援を検討してくれるようになりましたが、もう少し時間がかかりそうです。…なので、今はまだ数千円でも良いので、皆さんのご支援が必要なのです。

2022年度活動報告・2023年度 次年度予定: https://blog.bdti.or.jp/2023/03/16/fy2023/
(BDTI女性役員研修奨学金制度2023の情報も含める)
BDTIの研修プログラム: https://bdti.or.jp/director-training/

           寄付の方法:   https://bdti.or.jp/about/make-a-donation/

公益社団法人会社役員育成機構 https://bdti.or.jp/
代表理事
ニコラス ベネシュ
(個人的な立場で書いており、いかなる組織を代表する立場ではありません)。

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