メトリカル:投資家の需要に応える英文開示と渋々するものでは翻訳資料が異なる

東証は、2025年1月22日に東証の資料「英文開示実施状況調査集計レポート(2024年12月末時点)」が公表されました。本資料の概要を下記にお示し、論点を考えてみたいと思います。

開示資料の冒頭で、東証は本サーベイの背景について次のように述べています。
2019年より上場会社に対して「英文開示実施状況調査」を行い、回答内容を一覧としてとりまとめ、当取引所のウェブサイトを通じて、広く海外投資家等に提供しております。この度、2024年12月末時点の調査結果をとりまとめましたので、お知らせいたします。

プライム市場上場会社においては、英文開示実施率は社数ベースで99.0%(前年末比0.8ポイント増)となりました。資料別では、決算短信、IR説明会資料、適時開示資料のプライム市場上場会社の英文開示実施率が、社数ベースでそれぞれ93.8%(同2.1ポイント増)、76.4%(同5.0ポイント増)、59.2%(同7.1ポイント増)と上昇しました。

プライム市場においては、2025年4月以降、決算情報及び適時開示情報について、日本語と同時の英文開示が義務化されます。これも踏まえて取組みに進展が見られるものの、英文開示のタイミングが日本語資料の開示と同時ではないなど、更なる取組みが必要な会社も相当程度ある状況です。

プライム市場は、グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場という位置付けです。英文開示がグローバルな投資家との対話及び投資判断の基礎となることを踏まえ、義務化への対応にとどまらず、英文開示の対象資料・範囲の拡充、開示タイミングの改善に向けて、積極的な対応が期待されます。

1. 調査結果概要
調査結果概要
⚫ 英文開示を実施している上場会社の割合は全市場では60.5%(前年末+0.1ポイント)と上昇。2025年4月以降、英文開示が義務化されるプライム市場では99.0%(同+0.8ポイント)となった。
⚫ プライム市場では、2025年4月以降、決算情報及び適時開示情報について、日本語と同時の英文開示が義務化されるところ、決算短信、IR説明会資料、適時開示資料はそれぞれ93.8%(同+2.1ポイント)、76.4%(同+5.0ポイント)、59.2%(同+7.1ポイント)と上昇。

英文開示範囲(全市場・時価総額ベース)
⚫ 時価総額ベースでは9割超が決算短信、招集通知(通知本文・参考書類)、IR説明会資料の英文開示を実施
⚫ 日本語資料のすべてを英文開示している割合は、 IR説明会資料が88.9%となっているのに対して、決算短信は78.5%に留まる
⚫ 有価証券報告書については、統合報告書等他の資料で同内容を記載している会社を含む割合は68.3%となっているが、日本語資料のすべてを英文開示している会社は18.5%に留まる

英文開示タイミング(全市場・時価総額ベース)
⚫ 時価総額ベースでは、英文資料の日本語資料との同時開示の割合は、決算短信の82.2%が最も高く、適時開示資料の72.7%、IR説明会資料の72.0%、招集通知(通知本文・参考書類)の71.2%が続いた

2. 英文開示実施率の推移
英文開示実施率の推移(英文開示実施率)
⚫ 英文開示を実施している上場会社の割合は、全市場では60.5%(前年末比+0.1ポイント)、プライム市場では99.0%(同+0.8ポイント)と上昇

英文開示実施率の推移(決算短信)
⚫ 決算短信の英文開示実施率は、全市場では54.1%(前年末比+0.9ポイント)、プライム市場では93.8%(同+2.1ポイント) と上昇

英文開示実施率の推移(適時開示資料)
⚫ その他の適時開示資料の英文開示実施率は、全市場では30.3%(前年末比+3.1ポイント)、プライム市場では59.2%(同+7.1ポイント) と上昇

英文開示実施率の推移(招集通知)
⚫ 招集通知(通知本文・参考書類)の英文開示実施率は、全市場では47.3%(前年末比+0.4ポイント)、プライム市場では92.4%(同+1.5ポイント) と上昇

英文開示実施率の推移(IR説明会資料)
⚫ IR説明会資料の英文開示実施率は、全市場では54.0%(前年末比+1.8ポイント)、プライム市場では82.9%(同+3.7ポイント)と上昇

3. 英文開示範囲
大型株の英文開示範囲(TOPIX100・社数ベース)
⚫ TOPIX100の全ての会社が招集通知(通知本文・参考書類)、IR説明会資料(「日本語資料なし」を除く)の英文開示を実施
⚫ 英文開示の範囲については、IR説明会資料、招集通知(通知本文・参考書類)では日本語資料のすべてを英文開示している会社
が9割超となっている一方、決算短信、適時開示資料では、抜粋・一部がそれぞれ11.0%、16.0%を占める
⚫ 有価証券報告書について、日本語資料のすべてを英文開示を行う会社の割合は22.0%に留まる。

大型株・中型株の英文開示範囲(TOPIX500・社数ベース)
⚫ TOPIX500の95%超の会社が、決算短信、招集通知(通知本文・参考書類)、IR説明会資料の英文開示を実施
⚫ 英文開示の範囲については、IR説明会資料では日本語資料のすべてを英文開示している会社の割合が89.8%を占める一方で、決算短信、適時開示資料では、抜粋・一部がそれぞれ27.0%、24.2%を占める
⚫ 有価証券報告書について、日本語資料のすべてを英文開示を行う会社の割合は16.2%に留まる

プライム市場 英文開示範囲(社数ベース)
⚫ プライム市場の社数ベースの英文開示実施率は、決算短信が93.8%、招集通知(通知本文・参考書類)が92.4%と9割を超えたが、英文開示の範囲は、日本語資料のすべてを英文開示している割合が、それぞれ51.9%、58.0%に留まる
⚫ 有価証券報告書については統合報告書等のその他英文資料で同内容を記載している会社を含めても27.1%に留まる
⚫ 日本語資料のすべてを英文開示している割合は、 IR説明会資料が最も高く67.2%であった

プライム市場 決算短信 英文開示範囲比率(社数ベース)
⚫ プライム市場で決算短信の抜粋・一部を英文開示している上場会社において、記載項目別の英文開示実施率は、サマリー情報が97.5%、財務諸表が72.7%となったが、定性情報及び注記事項は約15%に留まる
⚫ 英文開示範囲(記載項目の組合せ)については、「サマリー情報及び財務諸表」の割合が49.4%で最も高く、「サマリー情報のみ」の24.4%、「サマリー情報、財務諸表及び注記事項」の9.6%が続いた

プライム市場 英文開示範囲(時価総額別・社数ベース)
⚫ 時価総額の大きい会社ほど、英文開示実施率が高い傾向にある
⚫ 例えば、時価総額1,000億円以上の会社では、 IR説明会資料は88.4%、適時開示資料は73.7%の会社が英文開示を実施しているが、250億円未満の会社では、それぞれ65.8%、44.4%に留まる
⚫ 全文を英文開示する実施率については、時価総額1,000億円以上の会社では、決算短信で63.4%、IR説明会資料で81.3%、適時
開示資料で49.2%となっているが、250億円未満の会社では、それぞれ36.9%、49.2%、18.7%に留まる

プライム市場 英文開示範囲(海外投資家保有比率別・社数ベース)
⚫ 海外投資家保有比率の高い会社ほど、英文開示実施率が高い傾向にある
⚫ 例えば、海外投資家保有比率が30%以上の会社では、IR説明会資料は95.8%、適時開示資料は88.9%の会社が英文開示を実施しているが、10%未満の会社では、それぞれ57.0%、37.7%に留まる
⚫ 全文を英文開示する実施率については、海外投資家保有比率が30%以上の会社では、決算短信で75.7%、IR説明会資料で92.7%、適時開示資料で65.6%となっているが、 10%未満の会社では、それぞれ37.3%、45.1%、18.0%に留まる

英文開示範囲(全市場・社数ベース)
⚫ 全市場の社数ベースの英文開示実施率は、決算短信が53.2%、招集通知(通知本文・参考書類)が46.9%となったが、英文開示の範囲は、日本語資料のすべてを英文開示している割合は、それぞれ25.5%、28.7%に留まる。
⚫ 有価証券報告書については統合報告書等のその他英文資料で同内容を記載している会社を含めても11.5%に留まる。
⚫ 日本語資料のすべてを英文開示している割合は、 IR説明会資料が最も高く33.2%であった。

英文開示範囲比率(全市場・社数ベース)
⚫ 全市場の社数ベースの英文開示実施率は、決算短信が54.1%、招集通知(通知本文・参考書類)が47.3%となったが、英文開示の範囲は、日本語資料のすべてを英文開示している割合は、それぞれ27.3%、28.4%に留まる
⚫ 有価証券報告書については統合報告書等のその他英文資料で同内容を記載している会社を含めても12.5%に留まる
⚫ 日本語資料のすべてを英文開示している割合は、 IR説明会資料が最も高く35.0%であった

4. 英文開示タイミング
大型株の英文開示タイミング(TOPIX100・社数ベース)
⚫ TOPIX100において、英文資料の日本語資料との同時開示の割合は、決算短信の95.0%が最も高く、適時開示資料の92.0%、 IR説明会資料の85.0%、招集通知(通知本文・参考書類)の75.0%が続いた

大型株・中型株の英文開示タイミング(TOPIX500・社数ベース)
⚫ TOPIX500において、英文資料の日本語資料との同時開示の割合は、決算短信の72.6%が最も高く、招集通知(通知本文・参考書類)の70.2%、適時開示資料の67.2%が続いた
⚫ 決算短信及びIR説明会資料の英文開示実施率はそれぞれ98.2%、95.8%と、大型株との比較で大きな差はみられないが、同時開示の割合は72.6%、59.6%と大型株との比較で22.4ポイント、25.4ポイント低く、開示タイミングには傾向の違いが見られた

プライム市場 英文開示タイミング(社数ベース)
⚫ プライム市場において、英文資料の日本語資料との同時開示の割合は、招集通知(通知本文・参考書類)の54.6%が最も高く、決算短信の51.7%、適時開示資料の38.6%、IR説明会資料の34.3%が続いた
⚫ 有価証券報告書の同時開示の割合は3.5%に留まった

プライム市場 英文開示タイミング比率(時価総額・社数ベース)
⚫ 時価総額の大きい会社ほど、英文開示タイミングが早い傾向にある
⚫ 例えば、同時開示の割合は、時価総額1,000億円以上の会社では、決算短信で64.5%、IR説明会資料で47.9%、適時開示資料で54.3%となっているが、250億円未満の会社では、それぞれ33.7%、20.9%、22.5%に留まる

プライム市場 英文開示タイミング(海外投資家保有比率別・社数ベース)
⚫ 海外投資家保有比率の高い会社ほど、英文開示タイミングが早い傾向にある
⚫ 例えば、同時開示の割合については、海外投資家保有比率が30%以上の会社では、決算短信で75.7%、IR説明会資料で64.9%、適時開示資料で71.5%となっているが、10%未満の会社では、それぞれ35.2%、17.2%、20.5%に留まる

英文開示タイミング(全市場・社数ベース)
⚫ 全市場について、英文資料の日本語資料との同時開示の割合は、招集通知(通知本文・参考書類)の27.4%が最も高く、決算短信の27.2%、適時開示資料の18.6%、IR説明会資料の16.9%が続いた
⚫ 有価証券報告書の同時開示の割合は1.8%に留まった

5. 英文開示タイミングの推移
大型株の英文開示タイミング(TOPIX100・社数ベース)
⚫ TOPIX100において、決算短信、適時開示資料、IR説明会資料の3つのすべての資料で英文開示社数及び同時開示社数が前年末から増加
⚫ 同時開示の割合も3つの資料すべてで前年末から上昇

大型株・中型株の英文開示タイミング(TOPIX500・社数ベース)
⚫ TOPIX500において、決算短信、適時開示資料、IR説明会資料の3つのすべての資料で英文開示社数及び同時開示社数が前年末から増加
⚫ 同時開示の割合も3つの資料すべてで前年末から上昇

プライム市場 英文開示タイミング(社数ベース)
⚫ プライム市場において、決算短信、適時開示資料、IR説明会資料の3つのすべての資料で英文開示社数及び同時開示社数が前年末から増加
⚫ 同時開示の割合も3つの資料すべてで前年末から上昇

英文開示タイミング推移(全市場・社数ベース)
⚫ 全市場について、決算短信、適時開示資料、 IR説明会資料の3つのすべての資料で、英文開示社数及び同時開示社数が前年末から増加
⚫ 同時開示の割合も3つの資料すべてで前年末から上昇

論点1:「英文開示を実施している上場会社の割合は全市場では60.5%(前年末+0.1ポイント)と上昇。2025年4月以降、英文開示が義務化されるプライム市場では99.0%(同+0.8ポイント)となった。」
上場会社全体としては英文開示する会社数は増えていません。英文開示が義務化されるプライム市場上場会社の99%が何らかの開示資料を英文で開示しています。プライム市場では、2025年4月以降、決算情報及び適時開示情報は日本語と同時の英文開示が義務化されます。決算短信、IR説明会資料、適時開示資料の英文開示はそれぞれ93.8%(同+2.1ポイント)、76.4%(同+5.0ポイント)、59.2%(同+7.1ポイント)と上昇しました。義務化される適時開示資料の英文開示がプライム市場上場会社で進むことが予想されます。

今後は英語で開示される開示資料が広がることが期待される段階です。プライム市場上場会社で見ると、英文開示が義務化される決算短信が93.8%と最も高いほか、株主総会のための招集通知(通知本文・参考書類)が92.4%と高い水準です。外国人株主がゼロの会社はほとんどないので、招集通知を英文で送るのも至極当然です。

それ以外の開示資料のすべて又は一部を英文開示している文書をみると、ある関係性がわかります。IR説明資料のすべて又は一部を英文開示している会社の比率は76.4%、適時開示資料は59.2%、コーポレートガバナンス報告書は36.4%、招集通知(事業報告・計算書類)は29.4%、有価証券報告書は27.1%です。

プレゼンテーション用スライドに記載されていることが多いので文字数が少ないIR説明資料の英文開示の比率が高いのは偶然とは思えません。逆に最もページ数と文字数が多い有価証券報告書の英文開示比率が低く、次に文字数が多いコーポレートガバナンス報告書も英文開示比率が低いのです。情報が多いからこそ、文字数が多いのですが、英文で開示することに消極的な会社は今も多いのです。招集通知(事業報告・計算書類)の文字数は決して多くはないのですが、海外投資家が議決権を行使する際にあまり多くの情報を提供したくないという思惑が働いているのかもしれません。日本語と英語の同時または同日に開示している会社の比率で見ても、概ね上記の順で、文字数の多い文書は開示しても翌日以降に開示される傾向があります。

論点2:「英文開示の需要が高い外国人持ち株比率別に見るとさらに興味深い。」
下表は外国人持ち株比率別に英文開示の状況を示したものです。上段が2023年12月、中段が2024年12月、下段が2024年12月と2023年12月の変化値を示しています。

まず、外国人持ち株比率30%超の会社の時価総額が2024年も大きく増加したことがわかります。外国人持ち株比率30%超の会社は3社減りましたが、外国人持ち株比率20%-30%の会社は11社増えたので、海外投資家の保有が減少したわけではありません。

総じて2024年に英文開示を進めた会社が多かったのは、外国人持ち株比率10%-20%の会社です。おそらくプライム市場上場会社に一部の開示資料の義務化が始まることから、これまで消極的だった会社がこれを機に対応に動いたと思われます。しかし、外国人持ち株比率10%-20%の会社の数は35社減って、平均時価総額もあまり増加しなかったのは皮肉な結果です。

一方で、外国人持ち株比率30%超の会社は、多くの会社が英文開示に消却的なコーポレートガバナンス報告書、招集通知(事業報告・計算書類)、有価証券報告書の英文での開示がわずかながら進みました。わずかな改善でしたが、外国人持ち株比率別グループの中では最も高い改善でした。英文開示の需要の高い海外投資家の要望に対応した結果と思われます。

以上をまとめると、東証が1月24日に開示した「英文開示実施状況調査集計レポート(2023年12月末時点)」の資料の概要とその論点を考えてみました。

一部の資料の英文開示が義務化されるプライム市場上場会社の99%がすでに何らかの資料を英文で開示しています。今後は英語で開示される開示資料が広がることが期待される段階です。情報と文字数が多い有価証券報告書、コーポレートガバナンス報告書に加えて招集通知(事業報告・計算書類)の英文開示に消却的な傾向が顕著です。

2024年に英文開示を進めた会社が多かったのは、外国人持ち株比率10%-20%の会社です。これまで消極的だった会社がプライム市場上場会社に一部の開示資料の義務化を機に対応に動いたと思われます。しかし、東証の要請に従った動きであって、海外投資家のニーズに応えたものであることは情報が多い資料の英文開示に消却的なことからわかります。

外国人持ち株比率30%超の会社は、多くの会社が英文開示に消却的なコーポレートガバナンス報告書、招集通知(事業報告・計算書類)、有価証券報告書の英文での開示において、どの外国人持ち株比率別グループよりも改善しました。これは英文開示の需要の高い海外投資家の要望に応えた結果です。
http://www.metrical.co.jp/jp-cg-ranking-top10

ご意見、ご感想などございましたら、是非ともお聞かせください。
また、詳細分析やデータなどにご関心がございましたら、ご連絡ください。

株式会社メトリカル
エグゼクティブ・ディレクター
松本 昭彦
akimatsumoto@metrical.co.jp
http://www.metrical.co.jp/jp-home/

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