メトリカル:東証の要請の後は投資家の期待感のあるうちに会社が成果を出せるかがキー

東証は、2024年8月30日に「「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する今後の施策について」を公表しました。本資料の概要を下記にお示し、論点を考えてみたいと思います。

Ⅰ.要請から1年の振返りと今後の方針
 多くの上場企業で開示が始まるなど、取組みに着手する動きが見られる一方で、中長期的な企業価値向上に結実するまでには、相応の時間が必要であり、改革は「途上」と認識
 東証は、上場企業が、資本コストや株価を意識した経営や投資者との建設的な対話などを通じて企業価値向上に取り組むことが「当たり前」となる市場を目指す
 今後の取組みを進めるにあたり、東証は、市場運営者の立場として、上場企業と投資者との建設的な対話を通じて企業価値向上が図られるための環境整備に主眼を置く
 その結果、上場維持コストが増加し、非公開化という経営判断が増加することも想定されるが、そうした判断も尊重(東証として上場企業数に重点は置かない)
 上場企業のみならず、機関投資家に対しても、短期的・表面的な視点のみに偏らず、中長期的な企業価値向上を支えるという視点で、上場企業との対話に臨んでもらうよう働きかけ
 今後の進捗を測る評価軸として、PBR・ROE・時価総額など定量的な指標(国際比較含む)に加え、上場企業の取組み・開示内容や国内外の投資者の評価を定性的に把握し、全体の進捗をレビュー

Ⅱ.今後の対応︓企業の取組状況に応じたアプローチ
1. 企業の取組状況に応じたアプローチ
 企業の対応状況(参考1)や投資家等へのヒアリング結果(参考2)を踏まえると、企業の取組状況は大きく3つのグループに分かれる

企業の取組状況のイメージ
今後の対応︓企業の取組状況に応じたアプローチ
企業群①︓⾃律的に取組みを進める企業
企業群②︓今後の改善が期待される企業
企業群③︓開⽰に⾄っていない企業

(企業群の分布状況)
企業群①+企業群②: プライム市場で86%、スタンダード市場で44%
企業群③: プライム市場で14%、スタンダード市場で56%

(企業群②および企業群③の課題)
 企業群②の課題は、上場企業の目標や取組みが投資者の期待に応えたものとなっていないなど投資家との目線にズレがあることや、投資者とのコミュニケーションを⼗分に⾏えていないことなど
 企業群③の課題は、IR体制の未整備を理由に投資者との対話に応じないなど、上場会社として備えるべき、投資者に向き合う姿勢・体制が確保されていない企業も存在し、その要因として、⽀配株主等の存在により市場からのプレッシャーを感じにくいことなど

(東証の今後の方針)
 日本市場全体の価値向上を図る観点から、企業群①の取組みを引き続き後押ししつつ、企業群②に焦点を当てた促進・サポート策を講じていくことが重要
 企業群③に対しては、上場会社として市場と向き合う姿勢・体制の構築を促していくことや、少数株主保護の観点からの取組みを推進していく必要

2. 今後の対応︓企業群②(今後の改善が期待される企業)
投資者との目線の「ズレ」を解消するための検討材料の提供:
 ポイント・事例集のアップデート【11月上旬公表予定】
➢ 投資者が期待するポイントを押さえた事例とともに、投資者の目線とギャップのあるポイント・類型化した事例も拡充(引き続き国内外の多数の投資者の意見を集約していく方針)
✓ 進捗状況の開示
✓ 事業ポートフォリオの見直し(×事業の売却・カーブアウトが進んでいない)
✓ 社外取締役と投資者との対話(×対話の求めに応じない社外取締役)
✓ 目標設定(×水準が低く投資者の期待に応えられていない)
✓ 目指すバランスシートを意識したキャピタルアロケーション方針の検討(×当該検討を行わないまま、一過性の対応として株主還元)
✓ その他(×過去の中期経営計画の引用にとどまる、ほか)
 開示状況等による市場評価(株価)の変化の紹介
 全国の上場会社経営者や担当者に対する啓発(セミナー・個別訪問)の継続実施(年初に専任グループ設置)

投資者との円滑なコミュニケーションの促進:
 開示が進まない企業に対して、まずは現状の取組み・検討内容を開示し、投資者との対話を通じてブラッシュアップすることの重要性を発信
 開示企業リスト(積極的に取り組む上場企業の支援ツール)の改良【詳細は9月中に公表、年明け開始予定】
➢ 【検討中】企業の期限の設定:【検討中】企業には一定の期間を定めて【開示済】への移行を促す(運用の詳細は検討)
➢ 【アップデート】企業の明示:今後は取組みのアップデートがより重要となることを踏まえ、該当欄を新設
➢ 【機関投資家からのアクセスを希望】する企業の明示:具体的な取組み・目標の検討・開示やIR体制の構築など、積極的に取り組むものの、現状投資者からのアクセスが得られず、より活発な対話を求める企業と、機関投資家の対話を促進
 投資者側にも、短期的・表面的な視点のみに偏らず、中長期的な企業価値向上を支える視点で、上場企業との対話に臨んでもらうよう発信

3. 企業群③(開示に至っていない企業)への対応
IR機能確保の促進:
 資本コストや株価を意識した経営の要請と並行して、上場会社として備えるべき、投資者に向き合う姿勢・体制の確保を目的として、上場会社に対してIR機能の確保を促す【具体的な時期・方法は今後検討】

少数株主保護に向けた取組みのフォローアップ:
(昨年度までの施策)
2023年12月に、「従属上場会社における少数株主保護の在り方等に関する研究会」におけるそれまでの議論をとりまとめ、「少数株主保護及びグループ経営に関する情報開示の充実」及び「支配株主・支配的な株主を有する上場会社において独立社外取締役に期待される役割」の2点を公表
◆ 上記のフォローアップとして、少数株主保護及びグループ経営に関する情報開示について、公表後の開示の充実状況をレビュー【10月以降に実施予定】

論点1:「今般、要請から約1年が経過する中、機関投資家をはじめとする市場関係者の皆様との意見交換や「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」での議論を踏まえ、今後の施策を取りまとめました。」
以前の拙記事「Will TSE’s Mock Engagement Measures Work?」でご紹介したように、東証が2024年8月19日に開催した「第17回市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」の資料「「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する現状と今後の東証の施策(案)について」の中で示した「今後の対応(案)」がそのまま今後の施策になりました。具体策については、9月以降に順次開示される予定です。これらの具体的な施策は、上場会社の中には一体どんな支援策が出てくるのか期待する向きがあるのかもしれません。あるいは、逆に東証の意向に沿うような開示をしないといけないと面倒に思う会社があるかもしれません。一方の投資家にとっては、「資本コストというポイントを経営に取り入れなくてはいけない」というスタートラインに多くの会社経営者が立ったことに対して一定の評価をしています。ただし、投資成果という結果が求められる投資家は会社の結果を待っている段階に入っています。会社の方はというと、まだスタートラインに立ったばかりの会社が多いという状況です。投資家と上場会社の間に成果が出るまでの時間の認識にずれがある可能性があります。投資家はより早い成果を期待しますから、期待よりも遅い場合には期待感の剥落につながる危険性があります。一方で、成果が上がるまでに相当な時間を要すると判断した会社の中には非上場化を選択する会社も出てくることも予想されます。

論点2:「企業の対応状況や投資家等へのヒアリング結果(参考2)を踏まえると、企業の取組状況は大きく3つのグループに分かれる。」
東証は上場会社を3つのカテゴリーに分類しています:企業群①︓⾃律的に取組みを進める企業、企業群②︓今後の改善が期待される企業、企業群③︓開⽰に⾄っていない企業。その分類は「東証の要請」に対して開示した会社を企業群①および企業群②に、開示していない会社を企業群③としています。企業群①②と企業群③の間の区分けは開示のあるなしなので、明快です。一方で、企業群①と企業群②の間の区分けを東証はしていません。仮にその区分けを資本コストを上回る資本収益性を上げている会社、あるいはP/Bが上昇するなど価値を生み出せている会社とすれば、企業群①がとても少ないことは言うまでもありません。プライム市場上場会社の多数を占める企業群②に対して、東証は11月に投資者との目線のズレを解消するための「ポイント・事例集」をリリースする計画です。また、投資者との円滑なコミュニケーションの促進するために、これまで東証は開示した会社のリストを公開していましたが、これらの会社の中で開示内容をアップデートした会社と機関投資家との対話を希望する会社を明示することを計画しています。

東証ができることは上場会社を指導することだけで、会社の代わりに実際に成果を上げることはできません。とても時価総額が小さい会社が多い中で、機関投資家の目を引くためにも、会社は着実に価値を生み出すことができるという成果をできるだけ早く出す必要があります。機関投資家との対話に苦労する会社が多いことは事実です。機関投資家との対話を通じて、時価総額が拡大するためにも、持続的に価値を想像できる会社であるとの認識を広めることが会社に求められます。鶏と卵の話ではなくて、成果が先なのです。

以上をまとめると、東証が8月30日に開示した「「「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する今後の施策について」」の概要とその論点を考えてみました。

以前の拙記事「Will TSE’s Mock Engagement Measures Work?」でご紹介した東証の「「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する現状と今後の東証の施策(案)について」がそのまま今後の施策になりました。

投資家にとっては、「資本コストというポイントを経営に取り入れなくてはいけない」というスタートラインに多くの会社経営者が立ったことに対して一定の評価をしています。一方で東証が「改革は始まったばかり」と認めるように、成果が出るのに時間を要する会社が多いことも予想されます。投資成果という結果が求められる投資家は会社にも結果を求めることから、両者のタイムラインにギャップが表面化する場合には、投資家の期待感の剥落につながる危険性があります。成果が上がるまでに相当な時間を要すると判断した会社が非上場化を視野に入れる動きが出ることにも期待したいところです。

「東証の要請」に対して開示した会社と未開示の会社に分けることができます。未開示の会社に対して東証はIRのあり方など初歩的な指導をする計画です。開示した会社は、企業群①「⾃律的に取組みを進める企業」と企業群②「今後の改善が期待される企業」に分かれると東証は示しましたが、それぞれの割合、分類のポイントなどは示されていません。

仮にその区分けを資本コストを上回る資本収益性を上げている会社、あるいはP/Bが上昇するなど価値を生み出せている会社と仮定すれば、企業群①がとても少ないことから、東証は大多数の企業群②に指導を課すことになります。

東証は企業群②に対して、11月に企投資者との目線のズレを解消するための「ポイント・事例集」をリリースする計画です。しかし、投資家が求めているのはできるだけ早い成果です。

IR活動をしても機関投資家との対話の機会が乏しいと嘆く会社が多いのですが、機関投資家とのアクセスを求めるためにも、成果を出すことが先決です。限られた時間の中でと他の上場会社よりも早く成果を上げることが求められる競争なのです。
http://www.metrical.co.jp/jp-cg-ranking-top10

ご意見、ご感想などございましたら、是非ともお聞かせください。
また、詳細分析やデータなどにご関心がございましたら、ご連絡ください。

株式会社メトリカル
エグゼクティブ・ディレクター
松本 昭彦
akimatsumoto@metrical.co.jp
http://www.metrical.co.jp/jp-home/

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