三ツ星事件後もポイズン・ピル法理は解明されていない

スティーブン・ギブンズ

三ツ星事件の判決後も、ポイズン・ピル法理は解明されていない多数の点

7月下旬、最高裁は、株式会社三ツ星(東証1部5820)が、中国とつながりのある投資家グループから20%以上の株式を市場でひそかに取得されたため、急遽設定した有事導入型ポイズン・ピルを無効とした大阪地裁と大阪高裁の判決を維持し、日本の不安定で移り気なポイズン・ピル法理を、ある程度解明した重要判例となっている。

昨年の東京機械製作所事件に関する一考察

三ツ星事件は、2021年11月の東京機械製作所(TKS)(東証6335)事件と多くの点で事実関係が似ている。両事件とも、中国と関係のある投資家が、事前警告型ポイズン・ピルを整えていない無名の小さな対象企業の株式を静かに大量取得した。

TKS事件では、それまでの裁判例がポイズン・ピルの有効性の必要条件としていた、株主による「意思確認」が都合悪く邪魔になった。中国系企業であるアジア開発キャピタル株式会社(ADC)は、TKS株の40%をすでに取得していたため、自らの議決権行使によって、有事導入型ポイズン・ピルを阻止できる立場にあった。

日本の裁判所は、TKSの救済に乗り出した。ADCがポイズン・ピル導入に関しての「利害関係」者であるとして、「意思確認」のための株主総会から除外することを認め、新しい「majority of the minority」(少数株主の多数決)の法理を認めた。TKS判決は、新法理の法的根拠や適用要件について詳述することなく、その射程距離や影響の度合いは不分明なままであった。

TKSが残した問題

TKSが残した大きな問題の一つは、経営陣がどのような場合に、どのような株主に対して議決権行使させないと決めることができるか、という範囲である。 これは明らかに、会社法における憲法問題である。 株主の従僕であるはずの経営陣が、自らの主人を選ぶことが許されるなら、株主民主主義は根底から覆される。 TKS高裁判決中には、経営陣がある株主を不適格として議決権を否定できる権限は、ポイズン・ピルの「意思確認」に限定され、定款変更や取締役の選任など、会社法の下で株主による議決が確保されている他の事項には及ばないことを示唆するくだりもある。仮に、裁判所が、会社法の下で株主による議決が確保されている基本的な事項についても、特定の株主の議決権を剥奪する経営者の裁量権を認めるとすれば、その意味は極めて大きい。

TKSが残したもう一つの問題は、株主が合法的に保有済みの株式の経済的価値を毀損する遡及的な有事導入型ポイズンピルは、財産権を侵害することになるというものである。事前警告型ポイズン・ピルであれば、経済的価値の毀損は、指定取得割合限度を超えてこれから取得する株式のみに限定される。ところが、TKSのポイズン・ピルが発動されれば、ADCが保有するTKS株式のうち20%を超える部分は経済価値が毀損されてしまう。ADCは、この遡及効を回避するため、20%超過分の株式を売却せざるを得なかった。

取締役会が「利害関係」株主をポイズン・ピル議案の議決権行使から除外する権限には限度がある

三ツ星判決は、これらの問題を完全解決はしないが、多少は解明してくれた。しかし、三ツ星判決はTKS事件に直接言及しておらず、両者の整合性をとることを試みていない。

三ツ星事件から得られる主な教訓は、経営者が株主の議決権行使資格を無制限に選択できるわけではない、ということである。三ツ星事件の重要な事実、およびTKS事件との決定的な違いは、経営陣が、中国の投資家グループに直接参加してはいないが同情的である株主を失格させようとした点である。 同時に、三ツ星事件は、会社法に規定された「株主権としての本質的な内容といえる議決権などの共益権」まで経営陣が制限できることを示唆している点が問題である。

三ツ星における事実の概要

中国とつながりのあるグループが21.63%を静かに取得

2021年7月から、本多敏行という人物を中心とした法人・個人グループが、年商90億円、時価総額わずか13億円、当時1株1000円前後で取引されていた電線メーカー三ツ星社の株式取得を開始した。本多と彼のビジネスは、中国とのつながりや背景が重なっているように見える。本多は、日本や中国でプラスチックのリサイクル事業を行う「和円商事」という個人企業の代表を務めている。 本多らが三ツ星株式を大量に取得しようとした目的は不明であるが、私なりの推測を以下に簡単に述べておく。

三ツ星地裁判決によると、2022年3月までに本多グループは、三ツ星社の発行済み株式の21.63%を取得した。東京の高級マンション1軒分にも満たない、わずか2億円の投資である。2月、本多グループの一部である「アダージキャピタル」なる組合が、臨時株主総会開催を要求し、三ツ星社の最高幹部3人を解任し、アダージが指名する取締役を選任するよう提案してきた。

このため、大阪地裁で訴訟沙汰になり、三ツ星社はポイズン・ピルで対抗することになった。本多グループは、株主総会の委任状勧誘を開始し、三ツ星社の経営陣に1株4000円から5000円で買収する用意があることを伝えた。ここまでの経緯は、TKS事件とほぼ同じであるが、TKS事件では買収者が一社であったのに対し、三ツ星ではより漠然としたグループであったことが大きな相違点である。

TKS流ポイズン・ピルで対応する三ツ星

TKSで採用された防衛策を応用し、三ツ星社の取締役会は4月に「大規模買付行為対抗方針」を採択し、それを検討するための独立委員会を設置した。この方針では、「大規模買付者」を、三ツ星株式を20%以上取得する株主グループと広く定義していた。取締役会は、本多グループがこの定義に該当すると判断した。本方針は、本多グループのメンバーに対し、さらなる買収を計画している場合には、60日前までに報告することを義務付け、その背景や意図に関する情報の提出を求めた。これらの制限に違反した場合、本多グループ以外の株主に対して、希薄化効果のある新株予約権の無償割当て、すなわちポイズン・ピルが発動されることになる。

最近のポイズン・ピル判例で強く推奨されていたように、三ツ星社は5月に開催された臨時株主総会にポイズン・ピル案を株主の「意思確認」にかけた。 しかし、本多グループを除いた株主の過半数が、46%-54%で、ポイズン・ピルを否決した。

ポイズン・ピルに反対票を投じる金銭的インセンティブは強かった。5月上旬には、買収を想定して株価は4,000円程度まで上昇していた。ポイズン・ピルに賛成することは、利益を得るための出口に反対することに等しかったのだ。ポイズン・ピルが却下された後、株価は6,000円まで跳ね上がった。

二度目の挑戦

そこで三ツ星社は、6月の定時株主総会に再度ポイズン・ピルを提出し、再挑戦することにした。今回は、ポイズン・ピルが通る確率を上げるために、議決権を失いポイズン・ピルの対象となる株主を、本多グループだけでなく、本多グループが5月に委任状を取得した株主にも拡大したのである(興味深いことに、この株主の中には、TKS事件の主人公であるアジア開発キャピタルの関連会社も含まれていた)。本多グループに同調する株主を失格とし、その対象にしようというのは、あまりにも無理があった。

6 月の定時株主総会では失格株主が拡大したことで、54% – 46% でポイズン・ピル案が可決され、(程なく骨折り損のくたびれ儲けとなるのだが)三ツ星は、本多グループと本多グループに委任状を提出した人々(約30%保有)とが保有する株式の経済価値を毀損できる新株予約権の無償割当てを行なった。

差止請求訴訟について

これを契機に、2005年のブルドック・ソース事件以降、日本のポイズン・ピル法の輪郭をなす司法解釈である「著しく不公正」な新株予約権の発行を禁止する会社法247条に基づいて、本多グループが大阪地裁に差止請求訴訟を提起した。 この事件は、7月1日に大阪地裁、7月21日に大阪高裁、7月28日に最高裁と、迅速な対応がなされた。最高裁は、自ら言及することなく、下級審の判決をあっさりと維持した。

大阪地裁は、いくつかの要素を指摘し、三ツ星社のポイズン・ピルが247条に違反するほど「不公正」であるとした。

第一に、ポイズン・ピル導入前に取得された株式にも遡及して適用されるという点である。今回のように、特定された買収者グループが複数の緩やかな関係者で構成される場合、特に厳しいものになると裁判所は指摘する。もっとも、論旨不明の理由により、事前に定められ示されていなくても、そのことだけをもって遡及的ポイズン・ピルが許容されないものではないとし、さらに新たな株式買付行為がないとしても、一定の場合には許容されるべきとした。

第二に、特定されたグループが、間接的な、場合によっては希薄な関係を持つ複数の当事者で構成されている点である。裁判所は、グループの定義とポイズン・ピルを発動する禁止行為があまりにも広範で曖昧であると批判している。,

最終的に大阪地裁は、ポイズン・ピルの主な目的と効果が経営陣の保身にあるとする「総合判断」に基づき、三ツ星社のポイズン・ピルを無効とした。その際、裁判所は、6月の株主総会における議決権の線引きが、現経営陣への不満を示すために本多グループに委任状を渡した株主を除外するよう操作されていた事実を大きく取り上げた。

大阪高裁は、地裁の判決を支持し、本多グループに委任した株主を失格とすることは、単に経営に反対という理由で株主を排除することに等しいとしたのである。

次のステップは不透明、金融庁はどこだ?

最高裁が三ツ星社のポイズン・ピルの差止めを認めたことで、本多グループが要求する三ツ星社の経営陣を本多グループが指名する人物に交代させるための臨時株主総会の道が開かれた。

今後の法的・戦術的な意味合いは、全く不透明である。三ツ星社の株価は、大阪地裁の第一審判決が出た7月初めの7000円から、7月中旬には13000円、7月末には7000円まで急騰した。これらの評価はファンダメンタルズとは無関係であり、投機が横行し、株価操作の可能性すらあることを意味する。

一つの可能性は、本多グループが一時的な株価上昇を利用して撤退し、手っ取り早く儲けることである。ADCのTKS買収とパラレルに考えれば、パンプ・アンド・ダンピングの一種と考えられる。本多らが大量保有報告書の提出を何度も怠り、株式が大量に買い進められていることを市場に知らせていなかったことが裁判所に確認された。金融庁がこの点を注視していることを切に願うものである。

本多グループは株式売却の誘惑を堪え、役員を三ツ星社に送り込み、一般株主の利益を犠牲にして支配力を行使するかもしれない。三ツ星社に不利な取引を本多グループとするように仕向けることも考えられる。また、一般株主を不利な価格でスクイーズアウトすることも考えられる。支配株主による乱用から一般株主を保護するという観点から見たときの、日本の法律や裁判所の弱さは、傍目には不安でしかない。

三ツ星物語の最終章は、まだ書かれていない。

なお残る問題

三ツ星判決は、TKS判決の主な内容を維持しつつも、いくつかの法的問題を残したままである。

三ツ星判決は、最近のポイズン・ピル法理に沿って、ポイズン・ピルを有効に実行するため「株主の総体的意思を尊重すべきである」としながらも、法律上絶対に不可欠なものではないとしている。

三ツ星判決は、TKS判決で発表された「majority of the minority」の原理に基づき、「大規模買収者」のポイズン・ピルに対する議決権を剥奪する取締役会の権限を一般論としては支持するものである。 しかし、失格させる権限は無制限ではなく、「大規模買収者」に同情的であるというだけで株主を排除するのは行き過ぎである、とした。

三ツ星事件は、ポイズン・ピル案に対する「意思確認」について株主が失格とされる事実関係において争われたが、三ツ星判決は、会社法の規定上株主に留保されている定款変更、取締役選任などの事項にも適用される可能性があることを示唆している。 この点は、会社法の憲法問題であり、早急に明らかにされる必要がある。

遡及的ポイズン・ピル、すなわちポイズン・ピル導入前に取得した株式の払戻し強制は有効ではあるが好ましいものとは捉えられておらず、特に、単一の「大規模買収者」を超え、漠然とした株主グループに適用する場合はなおさらである。

2022年8月

スティーブン・ギブンズ

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