Hibiki Path Advisors Pte. Ltd. – 日本の株式市場に対する危機意識

日米欧の株式市場パッシブファンド比率の推移

こちらの記事はHibiki Path Advisors Pte. Ltd. 清水 雄也氏が東京証券取引所(cc: 投資先企業)へ送付した手紙をBDTIが代わって投稿しています。
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〒103-8220
東京都中央区日本橋兜町2-1
株式会社東京証券取引所
代表取締役社長 山道 裕己 様

シンガポールに拠点を置く機関投資家のひびき・パース・アドバイザーズ代表、清水雄也でございます。以前に縁あってご挨拶させて頂いたことがございます。本日は、長年日本企業に投資し株式市場を見てきた者として、日本企業・日本の株式市場に対し抱いている危機意識をお伝えしたく、このような書簡を送付させていただきました。釈迦に説法かと存じますが、お目通し頂きたく、よろしくお願い申し上げます。

私は、コロナウイルスが拡散した2020年から資本市場が根本的に変わってきているのではなかろうか、という疑問をずっと抱いてきました。現象面で言えば、2021年後半までは低金利の中、全世界的にごく一部の超大型有名企業の株価が大幅に上昇、取引も集中し、他は弊社投資先企業の株価もそうですが置いてけぼりとなり、これは何故だ、という問いです。私“個人”の現時点での結論としては、昨今の人間生活環境の大きな変化により、株式市場の「性格が」構造変化しつつあると結論づけています。私たちはまだその真っただ中におり、潮の変化の中を泳いでいる状態で様々な現象を日々感じますが、当事者であると大局的な変化はなかなか見えてきません。しかし、それを何とか掴み、貴社を巻き込んで実効性のあるアクションに繋げていく試みが今回のレターの真意です。

株式市場における局所集中化

先ず、現象面における局所集中化を見てみます(図1)。世界の株式市場に関し、左側が時価総額推移、右側がその構成比推移です。言わずもがな、米国の時価総額の増加幅が大きく、1990年から2020年の間におよそ13倍にもなりました。世界での資本主義化も手伝い、その他の地域の時価総額も増加する中、全体の中での比率(右)でも米国が40%を維持し、世界の資本主義経済の中心的地位を依然堅持していることが読み取れます。日本は1990年代に世界の20%以上を占めていましたが、現在は7%台と相対的地位が大きく低下しました。

(図1:世界の株式市場、時価総額と比率の推移)

次に(図2)、株式の流動性、取引高という切り口です。我々のホームグラウンドである日本市場で分析していますが、世界中で同様のことが起こっています。例えば、流動時価総額の大きい上位10社(薄いブルー)に取引が集中し2018年初比でも40%も増えているのに対し、相対的に時価総額の小さい企業の集まる東証2部の一銘柄当たり取引額は2018年比60%低下しており、文字通り市場から「忘れ去られよう」としております。

(図2:日本市場の株式流動性の推移)

(注1)取引金額の「当日までの90日間移動平均」を、2018年1月を100として正規化(東証データよりHibiki 作成)
(注2)上位10社は流動時価総額の大きいトヨタ、ソニー、ダイキン、ファナック、東京エレクトロン、ファーストリテイリング、ソフトバンク、三菱UFJ, キーエンス、KDDIを選択(順不同)

私どもは、市場の光が当たっていない、多くの人が見落としている優良企業をボトムアップ・アプローチにより発掘・投資し、長期で保有することを是とするバリュー投資家です。私どものような戦略を持つ多様なアクティブ投資家の存在が、株式市場のダイナミズムと価格発見機能を担保しているものと自負しております。しかしながらご承知の通り、市場のパッシブ化は勢いを増し、留まるところを知りません(図3)。

(図3)日米欧のパッシブファンド比率の推移(ETF含む)

(出所: モーニングスター

直近でも複数の著名アクティブ投資家が日本株特化戦略をやめた/やめるという話を多数耳にしますし、私の盟友達も海外長期顧客からの解約等により日本株ファンドを苦渋の中、閉鎖しているケースが散見されています。一部のアセットオーナーからは、MSCIインデックスでのウェイトも大きく下がったことから、日本を特別視するJapanとAPAC ex-Japanという過去からの区分けではなく、Greater Asiaの一部とみるようになった、との言質を頂いたこともございます。日本企業と市場の発展に人生を賭けている一人の投資家として、これほど悲しいことはありません。

鳴り物入りで始まった東証市場再編には、私どもも期待を寄せて注目しておりました。しかし、大変申し上げにくいことながら、結果はその多くが旧市場区分からのスライド・現状維持を是認すると評せざるを得ません。経過措置に関してはその期限も厳格に定められないなど、まさしく大山鳴動して…の結果となってしまい、「多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額(流動性)を持ち、より高いガバナンス水準を備え、(グローバルな)投資者との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業」は日本に300-500社程度が妥当であろう、と考えていた多くの投資家にとっては満足のゆく内容ではなかったものと拝察致しております。実際、QUICKのアンケート調査によれば70%超の投資家が300-500社程度を適当とし、今次再編は企業価値の向上と世界から投資マネーを集める目的に対し、「有効でない」と回答しています。これもまた、過剰な情報に曝される投資家の視野が狭くなり、「有名なものしか見ていられない」現実を如実に表しています。

(出所:QUICK

ところで、最近多くの投資先の皆様から、以下のようなコメントを頂戴します。

  • 決算で、控えめな予想を出したらその数字を鵜呑みにされて株価が大きく下がってしまった、また上方修正を出しても反応が薄い
  • ROEも8%を超えているのに、IRを一生懸命やってもPBR1倍に全然辿り着かない
  • 市場がどうやら利益の増益、減益しか見ていないようだ
  • しっかりした中計を出し、立派なプレゼン資料を作成し、1×1 などのIR活動をいくらやっても、効果がないようだ

実は、私たちも市場全体で同時多発的に同様の現象が起こっていることを確認しています。多数の証券アナリストがカバーするようなごく一部の企業以外、経営者の多大な努力が無視されている状況です。まさに市場に存在するべき価格発見機能が機能不全に近い状態に陥っている印象です。そこが本手紙の冒頭に述べた株式市場の「性格が」構造変化しつつあるということにつながります。本質的に変わってきてしまっている中で、以前と同じことをやっていては全く意味がない、ということです。

 

多極化する市場

ご承知の通り、株式市場は人間が創出した画期的な価値創造システムです。以前に経営者に向けた手紙[1]でもご紹介したのですが、当初は、貿易や国家間の戦争をファイナンスするために「国債・通貨」市場が発展し、社会システムが安定化してゆくのに伴い、先ずは植民地開発などを担う「東インド会社」といった国家企業、その後は民間の個別企業もが資金調達出来るようになってきました。そして、100年に一度のパンデミックを経験した今、私たちの経済社会は大きく変容しました。様々な、ともすると、「不思議な」現象が当たり前になってきています。例えば、(1) YouTuber、TikTokerが個人単位で多くの収入を得て、その資金を投資して、さらに人を惹き付けるエコシステムが既に世界で確立していること、(2) ビットコインを始めとする暗号通貨(クリプトカレンシー)の乱立及び勃興、そして (3) 最近では、NFT(Non-Fungible Token)と呼ばれるデジタルのトークンに多額の資金が流れ込み、多くの人を熱狂させています。以下に、最近の大変興味深い事例をご紹介します。

(出所:Bored Ape Yacht Club Website)

2021年4月にYuga Labs LLCという会社によってローンチされた、Bored Ape Yacht Club(ボアードエイプヨットクラブ、以後“Bored Ape”) という、様々なパターンの「退屈した表情のサル(Bored Ape)の絵」のデジタル所有権のエピソードが、資本主義を含む人間社会が大きく構造変化しつつあることを実感させます。これは、4人の友人が、知り合いのアーティストやプログラマーを巻き込み、「遊び」感覚で立ち上げた緩い遊びのプロジェクトとしてスタートしました。暗号通貨のイーサリアムのエコシステムの上に成立していますが、端的に申し上げて、これは「デジタル空間のみに存在する世界に一つしかないサルの絵」の所有権です。つまり全体で1万種類程度しかない、様々なパターンのサルが最初は絵1枚当たり、2万円程度で販売(IPO)され12時間で即売だった模様ですが、現在それらには一枚当たり数千万円(!)の価格がついています。マドンナやジャスティン・ビーバーといった大御所セレブリティがインスタグラムなどで利用したことがきっかけで爆発的な人気になったとのことです。

さらには、その運営グループがこのプロジェクトの人気を元に、Othersideという電脳空間の「土地区画」を2022年4月に売出し、世界中の投資家及び富裕層からの「買い」が殺到し、400億円程度を調達したことが話題になりました。そのBored Ape空間でNFT等の売買のために開発されたApeCoin(その電脳空間内での売買のみの交換用通貨)は、今年に入ってからの暗号通貨市場の異常なボラティリティの最中ですが、その時価総額は今年3月の発行当初USD 2bn(2,500億円)で開始され、一時USD7bn(8,750億円)に上昇し、現在はUSD2bnを若干割り込んでいます。言葉を変えると、この「サルの絵」デジタルアートとメタバースの電脳空間にブロックチェーンの技術を使って、その他の資本市場から数千億円の資金が流れ込んだことは事実なのです。今後、このメタバース空間内で、著作権に守られたサルの絵(動画含め)を利用して様々なコミュニティやアクティビティ(商売含め)が想定されている模様です。GAFAMと言われる巨大プレイヤーも当然メタバースを強く意識しています。

こうして、個人でも、緩く結びついたグループでも、それが趣味であっても、遊びであっても、悪い冗談(!)であっても、ある意味手軽に「資金調達」出来るのです。ちなみに、ブロックチェーン技術をベースにする暗号通貨全体の合計時価総額は2021年に一時2.4兆ドル(≒270兆円)を超える水準となりました。直近は暴落をしましたが、それこそ、国債や株式であっても過去数百年の間に幾度となく暴騰と暴落を繰り返して今の地位となってきており、その存在感は無視出来ない状況です。ちなみに最初のページに掲げた図の2020年の米国株式市場の全体の時価総額は40兆ドルを超えていますので暗号通貨はまさに今でも黎明期と言えますが、日本の合計時価総額(2020年で6.7兆ドル)を超えるのはこのままではおそらく時間の問題であると考えます。

このような現象の「良し悪し」は価値観の問題に踏み込むので、コメントは差し控えますが、これが少なくとも「現実」です。良い面を掲げると、ブロックチェーンという分散化された信頼性の高いシステムを利用することで、電脳空間における個人間の商取引やコミュニケーションが誰にも支配されずに活性化し、特に今まで見過ごされてきたアートやIPや趣味の価値が大きく広がる可能性が示唆されています。また、こういった「特殊な」コンテンツが好きなコミュニティで「気軽に遊びながらお小遣いを稼ぐ」ことも可能となり、まさに、P・ドラッカーやアルヴィン・トフラーが予言していたような、生産=消費者(プロシューマ―)が現実の世界から電脳空間にまで広がっていくのです。悪い面を掲げると残念ながらまだきりがない状況です。詐欺やハッキングも横行していますし、Bored Apeのように、結局は数人の運営サイドの人間が、コミュニティのエコシステムの経済財政運営まで管理するのが現実であり、果たして本当の意味で「分散化された民主的な世界」というブロックチェーンの理想が実現しているか疑わしいという事実もあります。とはいえ、国家や株式市場も現在の状況に至るまで同様のプロセスを繰り返してきていることもあり、進化の過程にあるといえるのです。

まとめると、あくまで私の個人の解釈ですが、過去数十年資本主義の頂点にあった「株式市場」というメカニズムが既に衰退期に入っており、また、コロナ禍でそれが一気に加速した、と感じています。これは、悲観しているのではなく、変化だと考えています(進化なのかどうかはこれからの歴史で明らかになっていくでしょう)。株式市場が第二次大戦後の80年間で大きく発展した状況でも、為替市場や国債市場は相対的地位が低下したとしても厳然として資本主義の中で圧倒的存在感を持っていますし、今後はその資本の手段の位置がまた数十年かけて大きく構造変革していく状況であるということです。

実は、先程触れました通り、多くの思想家がこの現象を「予言」していました。例えば、未来学者と言われたアルヴィン・トフラー氏は代表的著書「第三の波(1980年)」で次のように述べています。

また仏ギ―・ドゥ・ボール氏は221の断章からなる「スペクタクルの社会(1967年)」で、メディアの発達とともに資本主義の形態が情報消費社会へと移行し、生活のすべてがメディア上の表象としてしか存在しなくなった状況を皮肉り、以下のような言葉を残しています(スペクタクルとは、「眼鏡」という意味ですが「壮大な見世物」という隠喩もあります)。

大量生産、消費時代の象徴であった、集約化、分業化、マス化がトフラー氏の言う「第二の波」であり、ドゥ・ボール氏が批判した産業資本主義の真骨頂であり、喜劇王チャップリン氏も「モダン・タイムス(1936年)」の映画で批判した、財の生産に支配されたライフスタイルの画一的な理想を善として人々を駆り立て、人間社会を進化発展させてきました。時代は劇的に変化し、人々はチャットで常時つながり、気持ちの赴くままにYouTubeで好きなキーワードを検索し、興味深い分野の知見を深め、似た考えを持った人々と「私的に」「電脳空間で」巡り合って楽しむことが可能で、個人化・多様化・分散化の時代です。多くの人は企業で働くと同時に、様々な私的な活動を行い、若い世代であればあるほど、既に生産=消費者になっています。日本でも企業で副業が公認されるケースも増えてきており、組織と個の関係が地殻変動しています。ドゥ・ボール氏が批判したスペクタクルは、というと、その勢いを失うばかりか、Bored Apeのようにさらに発展進化して、「マス」でなく「ターゲット化」されたスペクタクルなメッセージとして我々に届き、我々の意思決定のサブリミナルな部分に多大な影響を与えます。既にこの現象は「社会的性格」を形成しているのです。

唐突ですが、米国テスラ社は創業者のイーロン・マスク氏の、オープンで時々物議をかもす発言もあり、単なる車の会社とは言えない、多くのメッセージ性のある「グループ」と化しています。テスラの車を運転するというのは、ステータスでもあり、共感でもあり、世界の環境問題に対する意志表示でもあり、クールです。ドゥ・ボール氏に言わせるとまさにスペクタクルなのかもしれません。その方向性を猛進するかのごとくマスク氏は個人資産をTwitter買収に投入しています。グループで日本最大の雇用主であるトヨタ自動車も、製造業としての頑ななスピリットを堅持しつつも、それだけではいけないという(おそらく)直観で、Woven Cityという多様なライフスタイルを許容出来るような街づくりを富士の裾野に展開し、トヨタイムズというメディア戦略では俳優やアナウンサー(予定)までをも起用し、その姿勢を、多様な価値観を有する世界中の人々に積極的に発信する方向に転換しています。

話が大きくなり過ぎた感がありますが、このように、分散化され、多様化され、高度情報化され、沢山の「見える」データがAI等により日々分析検証されている中で、「見えないもの」は、存在していないも同様の社会になってきております。「善き事は背中で語る」ような姿勢を持っていたトヨタ自動車までが、自身の存在意義を必死に「外に向けて発信」せねば、沢山のノイズの中でかき消されてしまうという危機感を持って、変革に挑んでいるのです。テスラというとんでもない化け物と対峙してきたことによる進化なのかもしれません。

株式市場でも、沢山の情報が溢れ、瞬時に変動し、投資家や人々がそれを消化しきれず、ショートカットして「見えやすいもの」「分かりやすいもの」に集中する現象が時価総額上位の数社に取引が集中することに現れており、その対極には、ブロックチェーンの技術の進化もあり、生産=消費者として、個人がYouTubeやBored Apeのように株式市場を介さずに資金調達する分散化が進んでいます。このような点が株式市場の構造変化であり、相対的立ち位置の変化だと私個人で分析しております。この傾向がコロナ禍で加速し、既に不可逆的な地点まで来ているのでは、と推測しています。

Bored Apeは、その提供しているモノが本質的か否かを別として、新しい価値基準を提示し、その価値が広がる(=増える)ことも見越して多くの参加者がこぞって集まり、一つのエキサイティングなコミュニティを形成しています。ファンクラブにお金を出して参加して、その中で生産=消費者として楽しみつつ、そこで実際に所有物(=参加券)の価値が増大し、儲けることも可能、という仕組みの最新のものですが、よくよく考えると、昔から存在する、ゴルフ会員権や、それこそ株を買うのと、実は広義で似通っています。得体の知れないモノに見えますが、実際根底では人々の「参加欲」「所有欲」「承認欲」「ハピネス欲」「富の増加欲」といったものの組み合わせです。このような世界は、Web3やメタバースという造語で難しく語られますが、それを支えるテクノロジーやメカニズムが画期的であるだけであり、その本質的な中身は人間の様々な欲求を満たす仕組み、ということで言うと大差ないのです。

株主は上場企業の経営陣、従業員や関係取引先と同様、株式会社の「参加者」であり、それこそ様々な欲求を持って参加していますが、煎じ詰めればファンクラブです(そして経営者はそのファンクラブの運営実行委員長です)。残念ながら、現代社会のファン層は、多様な「新しいもの」に目がないようで、株式市場の相対的なパイ(特に日本市場)は減少傾向です。外国人含め世界の投資家に株を買ってもらわなければ、池の水は干上がってしまうので、外国人含めファンを増やす施策が必要不可欠です。

取引所だからできること

ここまで滔々と、投資家の視点から見た市場の性格変化について述べて参りました。ではどうしたらよいのか?という点について私どもが発行体企業、投資家、そしてIR支援会社等と議論を重ねてきた上で見えてきたアイデアをいくつか共有させて頂きます。貴社アクションプラン策定の一助になれば幸いです。

施策1:決算短信の累計開示をやめ、0ページ目をダッシュボードとする

決算短信はいかなるアプローチの投資家にとっても最新の決算情報を伝える重要なツールです。しかしながら決算短信を一目見ただけで業績の全容が分かるようには作られていません。また、現行の決算短信はそれこそYoYの差に着目したものであって非常に短期の情報にフォーカスがあると言えます。投資ホライズンによって欲しい情報は異なることを承知した上で、過去5-10年分の 1) セグメント別売上・営業利益・営業利益率推 2) ROE・ROIC推移 3) FCF推移 4) 配当・自己株取得の推移 といった情報を見せることは意義があると考えます。累計開示は季節性を考慮した分析に適しておらず、四半期だけの数字を開示することが分析者にとってユーザーフレンドリーであると言えます。企業分析者の実務では四半期ごとの業績を累計開示から差し引く等の作業が発生しており、生産的とは言えません。

とかく多量の情報を処理する必要のある投資家の視点に立つと、決算短信の1ページ目は必要な情報のダッシュボードとなっていることが望ましいです。全てをチャート化する必要はないとしても、いかに「一目見てわかるか」がポイントです。多くの個人投資家に親しまれているWebツールの「バフェット・コード」などは基本的な機能へのアクセスが無料(!)であることが信じられないほどに便利で一覧性の高いダッシュボードとなっています。

(出所:バフェット・コード https://www.buffett-code.com/company/7203/

施策2:説明資料とウェブ説明会を日英両方で義務化

「わかりやすい決算発表資料の作成」は貴社による要請に留まり、義務とはなっていません。決算説明会の実施や説明資料の作り込み・クォリティにどれだけのコストをかけるかは企業の裁量に任されており、従って規模が大きくIRに割くリソースが潤沢な企業が充実した開示を行う一方で、中小規模の企業では通期のみの説明会開催としていたり、果ては説明会もプレゼンテーション資料の開示も全くない企業が残っている状況が放置されています。私どもは投資先企業のESGスコアリングの実務現場でも目撃してきましたが、「開示不足」はそれだけでディスカウント要因となります。

残念ながら「要請」に留まるとこうした企業体力の差による行動の差が生まれてしまいます。規模が小さくリソースの足りない企業のIRへの積極性をむしろ失わせ、縮小均衡へ向かわせていると言い換えてもいいかもしれません。1) 説明資料の作成 2) ウェブ説明会の開催 3) これらの英語化 は義務化して差し支えない最低限度の開示レベルであると考えます。日本IR評議会の調べによればIR専任者を置いている企業は49.1%(2022年調査)でした。また、貴社による英文開示実施状況調査(2021年度)で英文開示の実施率は予定を含め全市場で54.6%となっています。これは世界の投資家を引き付ける魅力的な市場の在り方として十分でしょうか?貴社による大胆な義務化が状況を一変させるカタリストとなるのではないでしょうか。

施策3:開示サポートサービスを貴社が引き受け、IR支援会社へアウトソースする

上述した要請を義務に切り替えると対応に苦慮される企業が出てくることも想像に難くありません。であればこそ、市場をよく知る貴社にとっては新たなビジネスチャンスともなるのではないでしょうか?貴社がIR支援サービスを内製化することを推奨するものではありませんが、既に大小さまざまなプレイヤーが多数躍進しているIR支援会社にそうした業務をアウトソースすることで株式市場とIRのエコシステム全体の成長を促す要の役割を果たせ、貴社経営計画で掲げる「世界から日本への投資を促進」することに繋がるものと考えます。

施策4:業界再編を促進

米国との比較で上場企業数が多過ぎるという指摘がよくなされますが、私どものようなボトムアップ・アプローチを採用する投資家の目から見ても、市場での資金調達も大規模な設備・人材投資も、そして株主還元もせずに現金をバランスシートに溜め込み、それこそ上場している意義が積極的に見いだせない上場企業を多数認識しております。また、今後中長期的に国内市場が縮小していくことがハッキリしている環境のもと、外需の取り込みが成長のカギであることに疑いはありませんが、そうであればこそ国内企業同士で過当競争に消耗している場合ではなく、合従連衡を進め世界で戦える粒よりの企業が必要です。

直近でこそコーポレートガバナンスに求められる基準が高度化していく中で親子上場の解消や非公開化が進んでいますが、それでもまだ小粒で企業体力が不足し、それが理由でIRにもリソースを避けず株価が低迷し、結果として株式交換によるM&Aといった、資本の力を使った機動的なコーポレートアクションの手段を持てない企業が数多あります。業界再編を投資銀行やM&A仲介業者だけに任せていて良いのでしょうか。また、テコでも動かない低バリュエーションの会社については、所謂アクティビストがどこそこからやってきてカタリストとなるケースも見られます。立場上貴社が直接手を下すことができないとしても、環境整備を通じて行動を促すことはできるはずであると信じます。

施策5:IPO後企業の継続管理・支援

足許のグロース市場の急落があるとしても、日本においてスタートアップの存在感が増している状況に変わりはありません。しかしIPO市場は果たして本当に健全で強い企業を育てる投資の場になっているでしょうか?「上場ゴール」という言葉に代表されるように上場に漕ぎつけることがハイライトで、その先、それこそ注目されなくなり株価が低迷するケースは枚挙に暇がありません。創業者が一定程度利益を確定するのは良いとしても、企業はゴーイングコンサーンであり、上場企業となったからには業績拡大と共に継続的な株価上昇を伴うのが健全な姿です。貴社はIPO時のゲートキーパーとしての役割を果たすのみならず、市場全体の底上げを図るためにも上場後の継続フォローアップ(と選別)を強化することが有効であると考えます。

末筆になりますが、私どもは国内外の年金基金や企業の基金を中心とした資金をお預かりし、日本企業に投資することでリターンを生み、広く国民資産の拡大を目指すエコシステムの一翼を担うことを生業としております。このお手紙に述べさせていただいた内容は、取引所・発行体企業・投資家すべてのステイクホルダーが共に、健全に発展していくことを願うものであります。

ここまで述べて参りましたように、変化の速い時代にあって、株式市場もこれまでにないスピードで変化していることには疑いの余地がありません。人口動態や産業構造の変化による国力低下への対策は政治家の皆様に委ねるところが多い一方で、貴社がイニシアティブを執ることで海外マネーの玄関口である株式市場の魅力度を高める施策は数多くあります。一介の小さい市場参加者に過ぎない私どもの意見ではありますが是非とも前向きにご推進頂き、実効性あるアクションに繋げて頂けることを願っております。日本市場がこれ以上沈没することを何としても回避すべく、ベクトルを合わせて闘っていければと存じます。

幸いにしてシンガポールと日本の国境を超えることが非常に容易になりました。早速日本への往来を増やしております。予定が合われましたら対面にて意見交換の機会を頂戴できますと幸いです。

 

以上

2022年7月4日

39 Temple Street #02-01, Singapore 058584
Hibiki Path Advisors Pte. Ltd.
代表取締役運用責任者
清水雄也

 

[1] https://hibiki-investment-news.com/letter/dividend/ (「配当」に関して)

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