メトリカル:東証プライム市場上場基準と議決権電子行使プラットフォームの利用・英文開示

東証が市場区分を再編するに伴って、現在の一部市場に相当するプライム市場に求められる「より高いガバナンス水準」のガイドラインが示されています。

今回の記事では、議決権電子行使プラットフォームの利用・英文開示を取り上げたいと思います。2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、補充原則1-2④および補充原則3-1②において、「議決権電子行使プラットフォームの利用・英文開示」において、プライム市場上場会社において、議決権電子行使プラットフォームの利用と英文開示を求めることが記載されました。

原文は次の通りです。補充原則1-2④「上場会社は、自社の株主における機関投資家や海外投資家の比率等も踏まえ、議決権の電子行使を可能とするための環境作り(議決権電子行使プラットフォームの利用等)や招集通知の英訳を進めるべきである。特に、プライム市場上場会社は、少なくとも機関投資家向けに議決権電子行使プラットフォームを利用可能とすべきである。」

補充原則3-1②「上場会社は、自社の株主における海外投資家等の比率も踏まえ、合理的な範囲において、英語での情報の開示・提供を進めるべきである。特に、プライム市場上場会社は、開示書類のうち必要とされる情報について、英語での開示・提供を行うべきである。」

要約すると、補充原則1-2④は、プライム市場上場会社は議決権行使を容易にするために、電子プラットフォームを利用可能とするべきであることと海外投資家に対しては招集通知の英訳を送付するべきであると明記したことです。補充原則3-1②は、プライム市場上場会社は、開示書類のうち必要とされる情報について、英語での開示・提供を行うべきであると明記されました。

補充原則1-2④では、「電子プラットフォームを利用可能とするべき」と議決行使の手段を特定されているので、プライム市場上場会社は次の株主総会までにこれを利用できる体制にしなければならないことになりました。招集通知を英訳して送付することは推奨事項なので、電子プラットフォームほどの緊急性はないので努力目標になっています。補充原則3-1②では、プライム市場上場会社には開示書類のうち必要とされる情報について英語での開示・提供を行うべきであるということですが、必要とされる書類とは何かに関して特定されていませんので、どの書類または情報が英訳必要なのかは、プライム市場上場会社の判断に委ねられています。筆者が英訳すべきであると考える情報の一つには、有価証券報告書があります。当該書類は法定書類なので、必要事項はすべて記載されています。注記も含めて本書類のすべてを英訳するべきです。海外機関投資家から特定の会社に関する質問をお受けする場合もありますが、有価証券報告書に記載してある事項も少なくないので(記載のない情報に関しては、当該上場会社に尋ねることになります)、投資家にとってはとても有益な情報が記載されている本書類が英訳されれば、海外機関投資家の利便性は格段に向上すると推察されます。現状では本書類を英訳している上場会社は極めて少数です。

これまでも以前の記事「Information Disclosure in English」において、上場会社の英語による情報開示の状況をお伝えしてきました。今回は上述のように、東証プライム市場上場基準に伴う議決権電子行使プラットフォームの利用と英文開示にフォーカスして、述べてみたいと思います。

下表は東証の開示情報とコーポレートガバナンス報告書から得られる情報をもとにMetricalユニバース(2021年10月現在)の会社の議決権電子行使プラットフォームの利用と英文開示の状況を示しています。これによると、補充原則1-2④でプライム市場上場会社に求められている議決権電子行使プラットフォームを利用できる会社はMetricalユニバースの1,716社中64.7%、そしてできるだけ対応を求めるとされる招集通知の英訳に対応している会社は69.5%です。参考までに、議決権電子行使プラットフォームの提供とは別に、電子的手段による議決権行使に対応している会社は78.9%でした。

また、補充原則3-1②でプライム市場上場会社に求められている必要とされる情報について英語での開示・提供については、上述の通り必要とされる書類とは何かに関して特定されていませんが、東証のデータ「Availability of English Disclosure Information by Listed Companies」を参考にしてみます。東証のデータから、Earnings Reports in English、Corporate Governance Reports in English、Annual Securities Reports in English、IR Presentations in Englishの4種類の書類の英文開示状況は、Earnings Reports を英語で開示している会社はMetricalユニバースの1,716社中62.8%、Corporate Governance Reportsを英語で開示している会社は21.6%、Annual Securities Reportsを英語で開示している会社は11.5%、IR Presentationsを英語で開示している会社は66.6%です。個人的にはAnnual Securities ReportsとCorporate Governance Reportsという重要な書類ほど英文開示に対応していないのが皮肉な結果です。Earnings ReportsはBloombergからも入手できますから、より詳細な情報が含まれているAnnual Securities ReportsとCorporate Governance Reportsの開示に取り組んで欲しいものです。Annual Securities Reportsに関して言えば、米国市場に上場している会社は10K Reportsを提出するのでAnnual Securities Reportsを英文開示している会社もあるようです。10K Reportsを閲覧すれば済むので、このような会社に関してはすでに英語で詳細情報が提供されているということができます。

次に、現時点で英文開示に取り組んでいる会社のプロファイルを見ていきたいと思います。下表は補充原則1-2④がプライム市場上場会社に求めている議決権電子行使プラットフォームを利用できる会社のプロファイルです。ROE (actual)、ROA (actual)、トービンのqに関しては議決権電子行使プラットフォームを利用できない会社と比べてあまり差異はないようです。もちろん議決権電子行使プラットフォームを利用できる会社は海外投資家などの機関投資家のニーズに対応する取り組みをしている会社なので、コーポレートガバナンス・プラクティスに関しては議決権電子行使プラットフォームを利用できない会社と比べると、ある程度の差が見られます。

次に、補充原則3-1②がプライム市場上場会社に求めている必要とされる情報について英語での開示・提供に関して、上記の4種類の英文開示状況を評価したEnglish document disclosure scoreごとにプロファイルを示しているのが下表です。こちらの方がより顕著な結果を示しています。英文開示が高い(English document disclosure scoreが高い)会社の方が概してパフォーマンスも高くなっています。

以前の記事「TSE Market Reorganization Update and 100 Yen Shop Industry Reorganization: Seria (2782)」の中で述べましたが、セリアの社長がプライム市場を選択しなかった経緯について尋ねられたときに、「今後プライム市場上場に向けて取り組んでいきたい」と回答しながらも、英文開示の上場基準についても触れていました。「英文への翻訳は業者に依頼すれば済む」としたものの、これまでよりも手間がかかることは事実です。また、議決権電子行使プラットフォームに関しては創業者ファミリー企業である当社にとって、持株が増えている海外投資家の一段の増加に神経質になっていることも推測できます。このような状況を乗り越えて当社がこれらのプライム市場上場基準に対応していくための時間が必要だったのだろうと推察したことを当記事で記載しました。東証プライム市場上場基準と議決権電子行使プラットフォームの利用・英文開示に関する結論は、改訂コーポレートガバナンス・コードはすでに多くの上場会社が対応している「議決権電子行使プラットフォームの提供」を明記しましたが、それに比べて対応が遅れている「必要とされる情報の英文開示」については、必要とされる情報がどの書類なのか特定されていません。筆者が重要と考えるAnnual Securities ReportsとCorporate Governance Reportsは恐ろしいくらい進んでいません。この2つの種類が英文開示されていたら、随分と海外機関投資家の個別会社の理解の手助けになると確信しています。

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