最近、企業を取り巻く社会やステークホルダーの側にESG(あるいはSDGDs)についての認知が広がっています。企業の側でもアナリストミーティング、CSRレポート、統合報告書などで各社のESGの取り組みを紹介する機会が増えています。社会および各関係者の間で理解が深まることはとても良いことです。決算説明のアナリスト・ミーティングでも業績報告・見通しに続いてESGの取り組みについてプレゼンテーションをする上場企業が増えています。その中で、やや疑問に感じることがあります。その一つに、少なからぬ会社がG (Governance) において、BCP (Business Continuity Plan) をその取り組みとして大きく取り上げていることです。次にS (Social) の取り組みとして、社会貢献活動を大きく取り上げていることです。今回は後者のSについて考えてみたいと思います。
日々企業のESGに関する報告に接するにあたって、S (Social) に関して捉え所がないと感じている上場企業が少なくないように思われます。上述でご案内しましたように、Sの取り組みの事例紹介に、当該企業の社会貢献活動や労働環境の整備(ワークライフバランスや育児休暇制度など)に関する取り組みを事例として紹介するケースをよく目にします。もちろんそのような個別の取り組みもS (Social)に含まれるとは思いますが、企業の持続的成長にとってはもっと広い視野で社会環境の改善にもっと目を向けるべきではないかと感じています。企業は人と人が様々な立場で関係する社会の中で企業活動を行っています。そのような社会の中で、企業活動の円滑な運営と持続的成長を進めるためには広い視野で人権を尊重するという立場に立って経営を行っていると伝えるのが良いのではないかと思います。
ESGの取り組みに先行する企業では、「人権」について基本的考え方を表明する会社が出てきました。このような人権についての基本的考え方に沿って、個別の取り組みに言及するのが多くの人々に理解されやすいと思います。このような方法を取る会社にはグローバルに事業展開する大きな会社に多く見られます。それらの会社では多様な価値観やバックグラウンドの人々が働き、顧客・取引先など当該会社の事業を取り巻く関係者も多様性を持っていることから、事業を遂行するためには多様性や人々の権利の理解と尊重が欠かせず、それが事業リスクを低減すると理解していることによると推測できます。しかし、多くの日本の会社は「人権」についての考え方を表明するには至らず、上述のような個別取り組みをレポートに記載するにとどまっています。
これは個々の企業というよりも国レベルでの人権に関する理解の底上げが不足していることが要因の一つとみることができます。ちなみに世界各国ごとの社会における人権尊重の浸透度合いを知る上で、国際ジャーナリストNGOの国境なき記者団(RSF)の「世界報道自由度ランキング」を参考にすると、同ランキング2021年版で、対象となる180ヶ国の中で首位はノルウェー、日本は67位です。G7諸国では、ドイツ13位、カナダ14位、英国33位、フランス34位、イタリア41位、米国44位、日本67位の順です。本ランキングは一例ですが、日本社会としての人権尊重はG7諸国内で相対的に低いということができます。前回の記事では、「ボードダイバーシティの最初の一歩(ジェンダー・ダイバーシティ)」の中で、国別に男女格差を数値化したジェンダーギャップ指数の日本のランキング(世界156カ国中120位)と少ない女性取締役の現状について述べましたが、ジェンダーの問題は人権の中でも主要な問題の一つです。ジェンダーに加えて同じダイバーシティという観点で言えば、例えばLGBTQの問題も日本で進んでいない人権問題の一つということができます。LGBTQの権利が認められている国々に比べて、日本には解決しなければいけない問題が多くあります。例えば、先月閉会した国会においても、LGBT権利を尊重する以前の問題としてまずは最初の一歩としてLGBTQの差別をなくすためにLGBTQの理解を進めるための「LGBTQ増進法案」が議論されましたが、結局上程するするすらできませんでした。ジェンダー問題にしても人権問題にしても、これまでの価値観を大きくシフトさせるためには、法律による後押しが必要です。女性の社会進出を進めるにはクォーター制もジェンダーギャップ解消に寄与すると思われますし、LGBTQの権利についても人権問題と捉えて社会の理解を進めるための法的なサポートが求められます。このような社会的な基盤なしにはSの推進は容易ではないと思われます。
個別の企業ではダイバーシティにおいて前向きな取り組みも見られます。人手不足から外国人労働者を雇用せざるをえない外食産業にそのような前向きの取り組みに先行しているグループです。代表例をあげると、物語コーポレーション(3097)はインターナショナル(外国籍)社員の積極登用を進めており、2020年12月時点で11カ国105人が在籍(全社員比率9.5%)、店長に4人が就いています。また、「個の尊厳を組織の尊厳の上位に置く」という当社の思想から国籍や性別にとらわれないダイバーシティを推進する中で、LGBTQ人財の活躍支援にも取り組んでいます。全社員に対しての研修で基礎知識から始まり職場での対応方法などを学び、あらゆるセクシャリティを理解し、支援する考えを共有するほか、同性パートナーが社内で法律婚と同じ待遇を受けることができる「ライフパートナーシップ制度」を導入しています。これによって、LGBTQまだ同性婚が法律上認められていない日本で法律婚カップルと同等の待遇を受けられるようになり、具体的には結婚お祝い金や、配偶者手当、同居できない場合には単身赴任手当や帰省旅費の支給などを行なっています。また、一部の職場にはオールジェンダートイレも設置するなど職場環境の整備にも注力しています。他の外食産業の上場企業でもリンガーハット(8200)などのように、パート従業員の相当数が外国人であることから、接客の基本から日本および会社のカルチャーなどを浸透させる研修活動に注力する会社が増えています。
本記事では、人権に関する基本的考え方を表明した上で個々取り組みの事例に落とし込むアプローチでSを推進するグローバル大企業と、会社の規模は大きくなくても個々の企業レベルでダイバーシティという観点Sを推進する外食チェーン企業について考えてみました。グローバル企業にとってダイバーシティを含む人権尊重は事業推進の必要条件であることから、日本の法的整備のペースと関わりなく進めなければ、経営リスクが高まり、持続的成長に影を落とすことになると考えられます。一方で、外食チェーン企業では人手不足にという事業環境と個々の会社の理念によって、人権尊重とダイバーシティの推進に取り組むことができる事例としてご紹介しました。しかし、個別の企業が日本で法律婚カップルと同等の待遇を受けられるようにする社内制度を設置することは先駆的な取り組みですが、法律で権利が守られている方が望ましいのはいうまでもありません。このような社会的基盤が整わない中、個々の企業がSをどのように推進していくのか考えさせられるところです。
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