内閣府令改正が求める役員報酬の開示と企業の対応

2019年1月31日、企業内容等開示内閣府令が改正され、有価証券報告書の様式が変更された。2019年3月期決算にかかる有価証券報告書につき、新様式への対応に追われた企業担当者は、大変なご苦労をされたと聞く。中でも神経を遣ったのは、役員報酬に関する記載ではなかったろうか 。

内閣府令の改正は、2018年6月28日公表の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ(DWG)報告書を受けてなされたものであったが、同年11月にはカルロスゴーン氏の逮捕があり、かねてより議論になることの多かった役員報酬が、再び世論を騒がせた。そのような中で変更された新様式は、より広範で詳細な情報開示を求める。しかし、多くの企業のトップは開示を好ましくないものと捉える。ゴーン氏の報酬虚偽記載も、この嫌悪感が一因となっている。彼に限らず、報酬額の公表を避けたい気持ちは、人間の感情としては自然なものだろう。

内閣府令の要求とトップの意向、二つの相反するベクトルは、どのような有価証券報告書を生み出しただろうか。2019年6月末に公表された多くの有価証券報告書を分析した報告は、これから発表されるだろうが、本稿ではいくつかを概観して得られた感触をお伝えしたい。

まず、新第2号様式の「記載上の注意(57)役員の報酬等」が求める記載事項が何か、確認することから始めよう。記載事項を簡潔な言葉にして並べれば、以下の3項目である。

a 役員の報酬の額または計算式の内容および決め方
b 役員の区分ごとに、報酬合計、(固定、連動、退職など)種類別小計および人数
c 報酬の額または計算式の決定権限者の名および裁量範囲

なお、連結報酬の総額が1億円以上の役員につき個人ごとの情報を求める、(b’)項目がある。

DWGの議事録を読むと、上記の(a)(b)(c)は、当てはめるべき報酬計算式、報酬計算式を当てはめた結果、報酬計算のプロセスであると理解することができる。投資家の側は、(a)計算式の構成要素(KPIなど)に現実の数字を代入して、その結果が(b)報酬合計と整合するかを確認している。

100%ではなくともある程度整合性が確認できれば、報酬決定過程は透明であると評される。全く確認が取れないと、報酬決定過程がブラックボックス化していると評される。(c)プロセスはこの過程の手続を聞くことで、透明性を高めようとするものである。各役員への配分が社長に再一任されている場合には、そのことを記載しなければならない。

社長に再一任する取扱いは、ブラックボックス化の最たる形であり、以前から規制を求める声がある。そのような中で有価証券報告書に「社長に一任しています」とは書きづらい。記載を求めることで、この取扱いを禁止はせずに、事実上抑制する効果を狙ったものと見える。社長一任の次に採用されるのは任意の報酬委員会の設置であろう。(57)は、報酬委員会が設置される場合、委員会運営の手続のルールと直近事業年度での活動実績の記載を求める。社長に代わって、報酬委員会をブラックボックスにしないための定めであると考えられる。

役員ごとの報酬額の開示を求める(b’)については、開示の閾値になる1億円を撤廃するかが、DWGにおける議論の焦点であった。しかし、今後見直しは必要とされたものの、現段階での撤廃は見送りとなった。DWGの議事録を読むと、役員ごとの報酬額の開示を求める声は、思ったほど大きくなく、むしろa計算式やcプロセスが開示されることが重要、という傾向であった。こうして、新第2号様式が求める記載事項とその理由は、上記の通りとなった。この要求に企業は2019年3月期決算にかかる有価証券報告書で、どのように応えただろうか。

東京商工リサーチに拠れば、1億円以上の個別開示が増えている。「6月28日17時までに、2,400社の2019年3月期決算の有価証券報告書が確認された。このうち、役員報酬1億円以上の個別開示を行ったのは275社で、前年240社より35社増加した。また、人数は564人と、前年538人より26人増え、社数・人数ともに過去最多となった。」

http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20190628_02.html

報酬開示に関する役員個人レベルの嫌悪感が薄れ、投資家への情報提供の環境が改善されている兆候と見える。ただ、投資家の関心が(a)計算式や(c)プロセスに(も)あるのだとすれば、これだけでは十分ではない 。

開示された有価証券報告書の幾つかを見て感じるのは、企業の対応に二極化が生じていることである。以前から情報開示に熱心な企業にますます磨きがかかるという傾向は、別とする。ある企業は、2018年3月期の有価証券報告書と比して段違いに充実した情報開示に転じている。他方で、よく見ないと、どちらが2018年3月期でどちらが2019年3月期か、区別がつかない企業もある。役員報酬の開示は最小限に抑える、という明確な意識を読み取ることができる。

例えば、ある企業X(損害保険)では、前期1頁程度の量であった、役員報酬に関する記載が、2019年3月期には、12頁に増え図表が多用されている。他方で、ある企業Y(電機メーカー)では、増加量は半頁程度、内容もかなり素っ気ない。取締役の「報酬体系及び報酬等の決定に関する方針」について「取締役の職務の内容及び当社の状況等を勘案し、相当と思われる額とします」とだけ記載されている。直近の報酬委員会の活動内容は「報酬委員会を3回開催しました」とだけ記載されている。企業の対応には二極化が生じているようだ。

もっとも、二極化の表面の深部で、開示された情報が本当に報酬決定の透明性を高めているのかという点には十分に注意が必要である。上記した企業Xでも、業績連動報酬決定に使用される指標を多数・詳細に説明をした上で、額の決定方法は「会社業績や各役員の貢献等を考慮して報酬委員会が支給金額を決定します」と記載するに過ぎない。指標の目標や実績を計算式に代入し、得られる計算結果が、各役員が責任を持つ業績と整合性を持ち、投資家に納得感を与えるかどうかを判断するには、分析を待つ必要がある。

この分析の際に、障害になりそうな点を指摘して本稿を終えたい。今期支払われる報酬は、前期の業績によっている。また、報酬計算式やその構成要素は、頻繁に見直しがなされる。投資家が前期の計算式に、前期の指標実績を代入し、今期の報酬金額を検証する作業をするには、期をまたいだ情報が必要となるが、それが簡単に得られるような記載かどうかも、重要なポイントになりそうである。
以上

市川佐知子 弁護士登録(日本・NY) USCPA ワシントンDCに在住中。労働法、コーポレートガバナンスに詳しい。

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