ニコラス ベネシュ (個人として)
2018年6月25
- 企業開示情報の果たす役割
- 対象となる企業開示情報
- AIの活用と著作権法上の問題点
- オープンデータに関する政府の取り組みでは解決されないこと
- 提言
- 企業開示情報の果たす役割
上場企業のコーポレートガバナンスの強化に関して、機関投資家の受託者責任を定めたスチュワードシップ・コードが制定される一方、企業に対してはコーポレートガバナンス・コードの遵守が求められ、これらが車の両輪となって機能することにより、日本企業の持続的な成長が促されることが期待される。その際に重要となるのが各種の企業開示情報である。多くの企業情報がインターネット上に溢れかえっているデータマイニングの時代において、多数の企業(例えば東証一部上場企業の全社)のデータをいかに的確に把握して効率的に比較・分析・検討するかが投資家にとっての重要な関心事であり、そのような比較検討を容易に行えるような環境を整えることは、コーポレートガバナンスの更なる充実に向けた重要課題と言える。
- 対象となる企業開示情報
企業開示情報の中でも、国又は国に準じる機関が運営する媒体で公表された公共性のある企業情報は特に重要なものとして位置づけることができる。その筆頭は、金融庁が運営するEDINETで開示される有価証券報告書その他の情報であるが、これ以外にも、例えば環境省が運営するESG対話プラットフォームなど国が主体となって企業情報の開示に関与する場面が増えてきている。この点、最近では、政府によって、いわゆるオープンデータに関する取り組みが進められてきており、「オープンデータ基本指針」(平成29年5月30日)では、公共データの二次利用の積極的な促進などが基本的ルールとされている。民間企業の情報も、国が保有している以上は、このオープンデータの取り組みの範疇で捉えることができる。一方、金融庁設置法の定めに従って金融庁が監督する東京証券取引所が運営するTDnet(適時開示情報伝達システム)における開示情報は、国によるものではないが、国に準じる公共性のある機関によるものであり、オープンデータに準じてこれと同様に扱うべきである。TDnetでは、2006年からコーポレートガバナンス報告書の開示が義務付けられているが、これは正に、投資家にとってのコーポレートガバナンス情報の比較可能性の向上を念頭に置いた施策である。
- AIの活用と著作権法上の問題点
これら各種媒体における大量の企業情報を全て人力でチェックして的確に把握することは膨大な労力を要するが、昨今では情報収集及びその後の分析を自動で効率的に行うことのできるAI(人工知能)が開発されるに至っており、その活用が大いに望まれる。ところが、このAIの活用に際して著作権法上の問題が生じる。すなわち、AIが各種情報にアクセスするためには、既存の情報をいったん機械可読データとして保存しなければならないところ、その際に情報提供企業の著作権を侵害するのではないかという疑義が生じるのである。また、AIは企業開示情報のうち特定の情報のみを横断的に収集して比較検討用にまとめる(データパッケージ化する)こともできるが、このような情報の一部の切り取りやデータパッケージ化も著作権法上問題視されるかもしれない。これを法的な観点から分析すると以下の通りとなる。この著作権の問題を解決することは、AIを広く一般的に活用させるために避けて通れない必須の課題である。
(1) そもそも企業開示情報は著作物として保護される対象か
公開された情報であるからといって、直ちに著作物でなくなるとか、著作権が放棄されるということにはならない。情報自体が「著作物」として認められれば、著作権の問題が生じ得る。この点、著作権法によれば、「著作物」とは思想又は感情を創作的に表現したものであるとされているところ、一般に企業開示情報は企業の状況を事実として伝えるための情報に過ぎないので、そこに創作性が認められることは珍しいかもしれない。しかし、企業開示情報の中には、例えば、自社のコーポレートガバナンスの充実を投資家にアピールするための表現も含まれるであろう。投資家としては、財務上の数字だけではなくそのような文章も比較検討したいと思うであろうし、AIはそのような膨大なテキストのマイニングも行うことができる。裁判においては、著作者の個性が何らかの形で現れていれば著作物たり得るとされており、将来的に公表されるものも含め全て一切の企業開示情報が著作物でないと断言することは到底できない。ちなみに、著作権法上、「憲法その他の法令」や「裁判所の判決」などは著作権の目的にならないと定められているが(同法第13条)、これはそのような「法令」や「判決」も著作物たり得ることを前提に、法律上あえて権利の目的から除外しているのである。同条には「企業開示情報」は掲げられていない。
(2) 私的使用として著作権法上許容されるのではないか
著作権法上、私的使用のための複製は許容されている。投資家自身がAIを使って自ら情報収集するのであれば、その中に著作物が含まれていたとしても、私的使用と見ることができるであろう。しかし、AIは、データの収集、機械可読データへの転換、分類、細分化など様々なことを自動的に行うことが可能であり、これらの技術は普通の個々の一般投資家が自由に使いこなせるものではない。しかも、一言にAIと言っても、いかに効率的に必要な情報を収集するか、収集した情報をいかに整理して様々な観点からの比較検討・検索を可能にするか等、まだまだ発展途上の分野であり、専門家による今後の更なる技術向上やアイデアの発見が期待されるところである。そのためには、民間のAI開発業者による競争原理に委ねるのが最も適している。民間のAI開発業者が、AI技術を駆使して企業開示情報を的確かつ効率的に収集するとともに、アルゴリズムなどのAI手法を駆使して個々の投資家が検索・分析し易いように整理されたデータパッケージとして一般投資家に提供できるようにすれば、このAI開発は飛躍的に発展するであろう。しかし、ここで、著作権の問題が障害となる。近時、書籍をスキャナーで読み取りデータにする「自炊」の代行業が著作権法に違反するとされ、最高裁判所で確定した。一般消費者が私的に使用するためであっても、間に入る業者が「複製」又は「整理」する場合には、著作権法に違反する可能性が生じる。これを踏まえれば、現状では、多くのAI開発業者はこの分野に参入することを躊躇するであろう。
- オープンデータに関する政府の取り組みでは解決されないこと
前掲の「オープンデータ基本指針」では、各府省庁が保有するデータは全てオープンデータとして公開することを原則とする旨が定められている。例えばEDINETで見ることのできるデータは金融庁が保有するデータであるからこれに含まれる。前記の通り、オープンデータはその二次利用が積極的に促進されるのであるが、その際の適用ルールとして「政府標準利用規約(第2.0版)」が制定されている。EDINETの利用規約もこの「政府標準利用規約(第2.0版)」に準じて作成されている。そこでは、複製、公衆送信、翻訳・変形等の翻案等、自由に利用できる旨が明記されている一方で、下記のような留保がされている。
記
第三者の権利を侵害しないようにしてください
コンテンツの中には、第三者(国以外の者をいいます。以下同じ。)が著作権その他の権利を有している場合があります。第三者が著作権を有しているコンテンツや、第三者が著作権以外の権利(例:写真における肖像権、パブリシティ権等)を有しているコンテンツについては、特に権利処理済であることが明示されているものを除き、利用者の責任で、当該第三者から利用の許諾を得てください。
これを見れば分かる通り、オープンデータとされた情報については、国が保有する著作権に対する侵害は生じないものの、国以外の第三者(すなわち開示企業)が保有する著作権に対する侵害の問題は何ら解決されないのである。政府のオープンデータに関する取り組みは、企業開示情報の積極的な二次利用を促進するという概念的な出発点として評価できる面はあるが、AI活用に当たって生じる著作権法上の問題は何ら解決されない。
- 提言
この著作権法上の問題を制度的に解決する方策としては、以下の三つの段階が考えられる。
① 著作権法の改正により解決する(前記のように「法令」や「判決」と同様に権利の目的から除外する)。
② 開示企業が開示情報に係る著作権を放棄する仕組みを作る。
③ 開示企業が開示情報の二次利用に係る著作権の不行使を宣言することのできる仕組みを作る。
オープンデータに関する国の著作権の取扱についても、同様の議論がなされた結果、当面は③の方向で解決が図られていることを考えれば、企業の保有する著作権についても同様に③の解決が適当であろう。具体的には、EDINET等の開示媒体において企業毎に開示情報の二次利用に関する欄を設け、自社の開示情報の中に何らかの著作権が含まれていると認識しており、かつその二次利用を許諾しない企業は、その欄で二次利用を認めない部分を特定してその旨を表明できるようにする。そのような表明のない部分は開示情報の二次利用に係る著作権の不行使を宣言したものとみなすことを開示ルールとして明記する。このようにすることにより、AIが情報を収集する際に、二次利用を許諾しない企業の情報を自動的に排除することが可能になる。記入欄の設け方等は開示媒体の運営者の工夫に委ねるが、ここで重要なのは、著作権の不行使を原則とし、かかる原則に従わない企業に例外的にかつ限定的にその旨を表明させることである。そもそも企業情報の開示は、投資家に見てもらってこれを有効に活用してもらうことを目的とする「使われるための情報開示」なのであるから、開示する企業側の意図としても、AIによる情報収集を拒否する理由は原則としてない筈であり、むしろ歓迎されるべきものである。したがって、二次利用を認めない旨を表明する企業には、該当部分に特に著作権(創作性)が認められると考える根拠を示させる等により、「面倒だから念のため包括的に全部許諾しない」という安易な対応を取る企業が現れないように運用すべきである。
このような取り組みは、金融庁や環境省など企業開示情報を扱う国の各機関で統一的に行うともに、東京証券取引所などの国に準じる公共性のある機関についても同様の取り組みを行うよう指導・監督すべきである。
以上