仮に私が40社以上の日本企業株式に長期投資する機関投資家の議決権行使責任者を務めていたとしたら使用するであろうエンゲージメント・レター(日本語・英語)のサンプルを作成しました。その場合、保有銘柄が多いので年4回以上も直接面談するような時間はとれないので、効率的な対話方法を使わなければなりません。多くの機関投資家に共通する状況だと思います。
効率的エンゲージメントのためには、企業に対する提案を詳細な文書にして、できる限り迅速に提出する必要があると考えています。さもなければ、主要株主だったとしてもその提案内容が取締役会に正確且つ詳細に伝わることはありません。何しろ、詳細(又は全て)はIR部長で止まってしまう恐れがあるからです。また、内容によってはガバナンス・プラクティスとして日本ではまだ新しいものがあり、面談による口頭のコミュニケーションで完全に伝えるのはとても難しいという点もあります。
手紙で一番重要なパートは最後の部分です。
「以上、本書簡で述べたことの多くは、特に大きな費用がかかるものでもなく、実践することが特に難しいものではないと考えておりますが、そうは言っても、一朝一夕で実現できるものではないということも認識しております。そこで、弊社としましては、期間に余裕をもたせて__ [年] を期限として設定し、貴社の進捗状況をモニターさせていただきたいと思っております。同期限までに、本書簡に記載した各事項を含め、貴社の実効的なコーポレートガバナンスのプラクティスと、その具体的な実践状況を、コーポレートガバナンス・ガイドラインなどの書面で公に開示して頂きたく、お願い申し上げます。その上で、状況に応じて、更なる建設的な対話を実施したいと考えております。万が一、上記期限経過後も大きな進展が見られない場合、弊社は、次回株主総会において現経営陣の再選に反対すること等、対応を改めて検討せざるを得ません。」
最後の行は役員会のメンバーに回覧され上級管理職と話し合われるときには下線が引かれるでろう部分です。現実的には「具体的な実践状況」が一朝一夕で実現できるものではないという「紳士的な」理解は示しつつ、会社に対して何等かの期限を設け、必罰の可能性も示唆しています。
この株主からのメッセージはCEOを覚醒させるでしょう。企業は年次株主総会で議決権行使結果を公表しなければならないので、再選を承認した株主の割合が90%未満であれば、CEOが恥をかくことになります。特に数字が85%あるいは80%を下回った場合、低い支持率がメディアで報道される可能性があります。日本の経営幹部はこのような否定的な報道を嫌います。特に企業の経営陣を公に批判するようなことが一般的にあまりない日本のような国では目立つので、これらの株主からのメッセージに対する企業としての対応の本気度を上げる効果があります。
サンプルレター:
201X年 Y月 Z日
[ XYZ社の取締役会メンバー全員 ]
[ IR部長____________________様 ]
拝啓 時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、ご存知の通り、[ 自己紹介的枕詞挿入(例:長期的に価値の向上が見込める企業への投資を運用方針とする機関投資家である)] 弊社は[ ]年以来の貴社の株主であり、現在は貴社の発行済株式の[ ]%を保有しております。弊社は、日本版スチュワードシップ・コードに署名した資産運用受託者として、資金をお預かりしている各投資家に対する責任を果たすため、貴社を始めとする日本の投資先企業の多くにこのような書面を送付し、弊社のコーポレートガバナンスに対する考え方(日本のコーポレートガバナンス・コードで期待さているコーポレートガバナンスの在り方そのものとも言えます)をご説明させて頂くと共に企業価値を更に高めるためのアイデアをご提供させていただいております。貴社にも弊社の提案内容を次回株主総会まで十分ご検討いただきたく、このタイミングで本書簡として送らせて頂きました。ご高覧いただきたくお願い申し上げます。また貴社におかれまして、本書簡に記載しました内容の一部あるいは全部をすでに検討・実施されておられる場合、弊社としてこれを歓迎いたしますと共に、このような書簡をお送りいたしましたご無礼をお詫び申し上げます。
本書簡は、以下の3部で構成されています。
A)総論
B)貴社に特にご提案したい事項
C)終わりに
A)総論
1) 正確で詳細な情報開示
日本政府によれば、スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードは「車の両輪」とされております。弊社もその精神を尊重し、スチュワードシップ責任を果たすため、投資先各企業のガバナンスに関する正確かつ充実した情報開示を期待しております。
- 東京証券取引所が定める「コーポレートガバナンスに関する報告書」に記載されることが要求されている全ての事項(例えば、役員候補者の指名方針、役員報酬の決定方針、役員研修の有無や、株主との対話、政策保有株式、関連当事者間の取引に関する事項など)に関する貴社の方針・考え方を、形式的な記載にとどまることなく、積極的かつ詳細に開示して頂くことを期待しております。
- コーポレートガバナンス・コードでは、これらの開示項目に加え、諸先進国の市場における知見からのベスト・プラクティスが多く提示されています。例えば、筆頭独立社外取締役の起用、中長期的な業績と連動するインセンティブ報酬の導入、後継者計画の策定、独立社外者のみの会合、諮問委員会の活用、就任前と就任後にそれぞれ行われる役員研修の実施等です。これらのベスト・プラクティスは、コーポレートガバナンス・コードにおいてやや曖昧な表現で例示のごとく提示されていることがありますが、弊社としましては、コーポレートガバナンス・コードに記載されている以上、そこに記載された精神および各プラクティスを全て尊重し、採用できるものは全て採用し遵守することが必要であり、それができて初めてコーポレートガバナンス・コードの各原則を全て実施していると評価することができると考えています。
- コーポレートガバナンス・コードは、規定事項について「遵守するか、または遵守しないのであればその理由を説明せよ(comply-or-explain)」という開示ベースのアプローチを採用しています。弊社も、投資先企業が具体的にどのようにコーポレートガバナンス・コードを遵守しているのか、あるいは、遵守していないのであれば、その理由およびその代替としてどのような手法でガバナンスを保っているのかという点について、丁寧な説明を期待しております。
- 開示の方法についてもご留意頂きたいことがあります。企業がコーポレートガバナンス・コードに基づき自社の考え方や方針、採用しているプラクティスその他何らかの事項を開示する場合には、自社で制定した「コーポレートガバナンス・ガイドライン」または正式に公表されているその他の媒体において明記するとともに、その内容が取締役会の承認決議を経たものであることを併記して頂きたいと思っております。さらに、具体的なプラクティスの実施については、責任部署または責任者が指定されていることや、その実施状況について取締役会に対する定期的な報告が義務付けられていることなども記載して頂ければと思います。そうでない場合、弊社は正式な開示が行われているとは判断致しません。東京証券取引所の定める「コーポレートガバナンスに関する報告書」に概要のみが短く書かれているだけでは、その内容が実効性のあるものとして実際に存在しているのか、弊社には判断できません。このようにコーポレートガバナンス・ガイドライン等で明記することは、その内容を社内の役員・従業員に周知させ自覚を促すという意味でも、良い効果が生まれます。これらの理由から、弊社としましては、各企業で独自に詳細な「コーポレートガバナンス・ガイドライン」を制定して開示するよう、強く推奨しています。
- また、各種開示書類については、それぞれ英語に翻訳して適時に開示して頂きたい旨もお願いしております。株主総会参考書類、有価証券報告書、コーポレートガバナンスに関する報告書のほか、各企業で独自に制定する「コーポレートガバナンス・ガイドライン」や議決権行使結果についても、英語に翻訳していただきたいと思っています。
2) 役員候補者の指名に当たっての方針と手続
取締役会メンバーとなる役員候補者の指名に関する方針、基準および手続は、次期取締役会だけでなく、将来の取締役会の質を左右するものであり、極めて重要であり、弊社は、以下のように実施することが望ましいと考えております。なお、候補者指名の文脈において「役員」という場合、取締役会のメンバーである取締役のほか、場合によって監査役も含めた意味とします。
- 役員候補者の指名に関する諮問委員会を設置します。諮問委員会は、独立社外取締役のみで構成し、社内出身の取締役および社外取締役、さらに必要に応じて監査役の各候補者(将来CEOやCFOになることを期待されている者も含みます。)を広く探して推薦します。候補者を推薦する前提として、現在の役員のパフォーマンスを評価します。諮問委員会の年間の開催回数、候補者として具体的に検討された者やインタビューした者の人数、候補者選択に際して外部アドバイザーを利用したか否か、およびその他の主な活動を、開示します。
- 全ての取締役会メンバー(業務執行取締役を含みます。)について、その候補者をどのように探して推薦したのか、具体的に明示することが必要です。そこでは、自社の将来のニーズや戦略とリンクしたスキル、経験、知識を有していることや、ダイバーシティを考慮したことなどの判断基準に基づき広範な人材の中から候補者選びが行われたことを示します。すなわち、自社の将来を見据えた「ニーズ・マトリックス」や「スキル・マトリックス」を実務上可能な範囲で開示することになります。
- 候補者の選定基準(場合によっては、選任されるまでに身につけておくべきとされる基準)としては、例えば、コーポレートガバナンスの一般的なプラクティス、会社法、金商法、財務・会計などの各分野の基礎知識といった一般的・基礎的素養も考慮します。また、候補者個人の能力に対する評価と、候補者がそれまでに築いた企業業績の評価は、どちらも候補者の選定基準として不可欠な要素となります。
- 各役員について、選任(再任を含みます。)する理由を自社の置かれている具体的な状況や将来の戦略などと関連付けて明示すべきです。株主総会参考書類に候補者の経歴を掲載するだけでは全く不十分です。業務執行者である役員の場合には、自社の中長期的な戦略やKPIを踏まえた上で、なぜその人が必要で、具体的にどのような貢献を期待しているのかを明示し、その他の役員についても、具体的にどのような分野での貢献を期待しているのか明示します。
3) 役員研修に関する方針
役員の候補者指名と同様、役員に対する研修は将来の取締役会の質を左右する重要事項だからこそ、コーポレートガバナンス・コードの原則の一つになっています。良質な役員研修は、実効的な役員候補者の指名に繋がります。日本の取締役会メンバーの多くは社内出身者であるため、指名に先立って役員として訓練することは容易であり、研修は将来の役員候補者として経営中枢において役立つスキルと新しい視点を養う良い機会となります。
役員研修に関して弊社が期待している事項は、以下の通りです。なお、研修を受ける主体として「役員」という場合には、取締役と監査役のほか、原則として取締役会メンバーではない業務執行者(例えば執行役員)や、主要子会社においてこれに相当する者も含むものとします。
- 執行役員を含む全ての役員に対して、定期的に取締役としてのスキルに関する研修を実施します。未だ取締役でない執行役員の段階からこのような研修を定期的に受けることは、将来それらの者が新任の業務執行取締役の候補者になるための準備として非常に有用であると考えます。
- 研修内容は、全ての役員が習得すべき(また常にその強化に努めなければならない)コーポレートガバナンスの一般的なプラクティス、会社法、金商法、財務・会計などの各分野の基礎知識のほか、時事的なトピックやリスク・イシューについてのケーススタディを含みます。これらの事項は、必ず一回は受けなければならない必修の基礎研修と、そこで得た知識をアップデートしたり更に深めたりするために行われる追加研修という形で実施し、その研修状況を開示します。また、研修には外部の研修専門家や外部の研修プログラムも活用します。
- 毎年、研修を受けた役員(執行役員を含みます。)の人数、その役職、研修内容(研修で取り上げられたトピックなど)、役員研修の担当部署(決められた役員研修のポリシーに従って研修を実施することについて責任を有する部署)を、それぞれ開示します。また、各役員(執行役員を含みます。)は、自らの判断で外部のセミナーやプログラムに参加することができ、かつ、そのようにすることを会社が奨励し、その費用を全て会社が負担します。そして、そのような機会を利用した役員の数を開示します。
- 新任役員全員を対象に、自社の戦略、ガバナンスとコンプライアンスの実践状況その他の関連事項を学ぶため、「オリエンテーション」を実施します。なお、従業員から内部昇格した役員も、このオリエンテーションを受講します。そのような者の参加は、外部から来た者に対するオリエンテーションをサポートする意味合いもありますが、自身も改めて自社をみつめ直し、新たに役員となる自覚を高める良い機会となります。
取締役会メンバーや将来の候補者となり得る者が研修を受けることは、何ら恥ずかしいことではありません。始めから完全無欠の取締役や監査役や業務執行者は存在しません。役員が役員に必須の知識を早期に習得・強化し、個々の視点や経験を分かち合うことは極めて重要であり、それを実現するような研修方針が自社に存在しないことの方がかえって恥ずべきことであると考えます。
4) 報酬に関する方針
役員の報酬は、彼らの意思決定とリスク・テイクを最適化するためのインセンティブとなるため非常に重要です。ここでいう「役員」には、取締役のほか、執行役員のような業務執行者も含むものとしますが、原則として監査役は含みません。弊社は、長期的な企業価値の創造を促すための長期的インセンティブ制度の策定と、以下の各点を確認することのできる詳細を開示していただきたいと考えます。
- 報酬に関する方針の目的およびロジック、特に以下の点の明確な説明。
a)報酬の変動、権利の確定などの報酬体系が、自社の中長期戦略やKPIとどのように連動しているか。
b)基本給与、賞与、株式報酬、長期的なインセンティブ、福利厚生、引退後の待遇など、複数のタイプの報酬体系およびその内訳を設定した理由。
- 業務執行取締役とその他の取締役でどのように報酬差が設けられているか、または社長(CEO)とその他の業務執行者の間でどのように報酬差が設けられているかなど、役員のそれぞれの職責に応じた報酬額の計算方法(式、指標および目標対比)。
a)役員の報酬額が、当該役員と同じ属性(例えば、年次が同一であるなど)の者との間でどのような差があるか、または異なる属性の者との間でどのような差があるか。
b)各役員の報酬額を計算する過程で、当該役員の所属するグループの実績と当該役員個人のパフォーマンスが、それぞれどのような割合で評価されているのか。
- 報酬に関する方針が、予想される収益に見合った正当なリスク・テイクおよび起業家的思考を奨励する一方で、例えば権利付与条項や「クローバック」条項の活用により、過度のリスク・テイクまたは将来発覚するかもしれない不正・違法行為を防止するに足るものか。
報酬に関する方針の枠組の継続的な改善について責任を持ち、役員の評価と報酬の重要な決定プロセスを監督する諮問委員会設置の有無。その諮問委員会の構成、権限、役割、年間の開催回数、助言実績等。弊社は、そのような諮問委員会は独立社外取締役のみにより構成されるべきと考えています(もっとも、調査のために必要に応じて現経営陣その他の関係者を招聘して情報を得ることは妨げません。)。
5) 独立取締役の選任
経営陣の客観的な選定および評価、経営陣に対する適切な報酬の支払、その他実効的なモニタリング活動を行うためには、十分な人数の独立社外取締役を確保し、これを有効活用することが不可欠であるというのがコーポレートガバナンス・コードの考え方ですが、弊社もこれに同感です。
日本企業の実証分析結果では、独立取締役の割合が50%近くであるか、またはこれを超えた場合には、上記で述べたような独立の諮問委員会の積極的な採用や、より確度の高い成長戦略を有するなど、その他の企業と比べて大きな好ましい変化が観察されます。弊社は、投資先企業が、独立取締役の割合を上記程度まで高める(または維持する)ために、優秀な独立取締役を幅広く探し求めて頂くよう強く推奨します。
B) 貴社に特にご提案したい事項
これまで述べてきたような総論的なガバナンス・ポリシーとプラクティスは、収益性、株式価値、持続性(サステナビリティー)、および市場やステークホルダーからの信頼を高める具体的な行動に継続的に繋がらなければ、得られる効果は限定的なものとなります。そのため、戦略、ビジネスモデルや資本配分などを洗練し続けること、ビジネスの拡大と人材確保のための大胆かつ賢明な投資を行うこと、非中核資産を売却すること、KPIを設定して経営幹部に説明責任を負わせること、または余剰資金を株主に還元することなどの具体的な行動が必要になってきます。
以上を踏まえて貴社の現状を鑑みた場合、弊社は、特に以下の諸点について貴社にご提案させていただくと共に、弊社の提案に対する貴社のご対応をモニタリングし、その実効性を検証する必要があると考えております。
[以下では多くの企業に共通の例をいくつか記載します。投資家は、最も重要なトピックであると考えられるものに焦点を当てて、このセクションを大幅にカスタマイズしてください。]
1)[資本コストと比較できるROIC(投下資本利益率)その他のベンチマークなどを含む、戦略的で明確な財務KPIおよび非財務KPIの設定]
2)[_____、______のように売上が減少している低採算の事業ラインからの早期撤退]
3)[______と____のように競争上の優位性が明確に認められるビジネスラインを成長させるための選択と集中]
4)[余剰資金(現金)、または保有する必要のない不動産や株式などの余剰資産を特定の上削減し、資本政策を「配当性向モデル」からより動的で柔軟な「自己株式取得・償却モデル」に移行すること]
5)[議決権電子行使プラットフォームへの登録]
6) [英語版株主総会招集通知、決算報告書、有価証券報告書、コーポレートガバナンス報告書の適時作成]
7)[株主総会が集中する期間を避けるために7月に総会を開催すること(これは現在では、税制上可能とされています。)]
8)[定期的に投資家からのフィードバックを全取締役と共有し、重要な投資家に対しては経営責任者(CEO)との面談を認めるほか、(CEOの面談とは別の機会で)筆頭独立取締役とも面談する機会を与えること]
C) 終わりに
以上、本書簡で述べたことの多くは、特に大きな費用がかかるものでもなく、実践することが特に難しいものではないと考えておりますが、そうは言っても、一朝一夕で実現できるものではないということも認識しております。そこで、弊社としましては、期間に余裕をもたせて__ [年] を期限として設定し、貴社の進捗状況をモニターさせていただきたいと思っております。同期限までに、本書簡に記載した各事項を含め、貴社の実効的なコーポレートガバナンスのプラクティスと、その具体的な実践状況を、コーポレートガバナンス・ガイドラインなどの書面で公に開示して頂きたく、お願い申し上げます。その上で、状況に応じて、更なる建設的な対話を実施したいと考えております。万が一、上記期限経過後も大きな進展が見られない場合、弊社は、次回株主総会において現経営陣の再選に反対すること等、対応を改めて検討せざるを得ません。
本書簡簡の内容に関し、ご質問、ご不明の点等ございましたら遠慮なくご連絡ください。喜んでご説明させていただきます。どうぞよろしくお願い致します。
敬 具
本投稿は筆者の個人的見解に基づいて書いたものです。