神戸製鋼事件を考える(続き2)

神戸製鋼がこれからどのような訴訟を経験することになるのか、未だ分かりません。なので少し脇道にそれますが、ここでは一般的に、不祥事と訴訟の関係について、ある点を考えてみたいと思います。

訴訟はコーポレートガバナンスの重要なツールです、とシンガポール大学の教授から聞きました。最初驚いたのですが、改めて考えるとそれも当然だと納得しました。責任を問われない環境、自律だけが頼みの環境ではガバナンスにも限界があるという意味だと思います。証券訴訟提起を積極的に進めているGPIFは、この考え方を実践しているようです。
http://www.gpif.go.jp/public/activity/shouken_soshou_ichiran.html

GPIFの証券訴訟リストの中に、フォルクスワーゲン (VW) があります。窒素酸化物の排出量を誤魔化すようなソフトウェアを搭載していたというのが、VWの行った不正です。多くのカーオーナーがVWを相手取って提訴していますが、カーオーナーでもないGPIFがなぜ?と不思議に思う方もいるのではないでしょうか。

GPIFはVWの株式を保有する投資家であり、VWの嘘の情報により投資判断が歪められ損害を蒙った、として賠償を求めているのです(訴状を見たわけではありませんが)。日本では「不正会計」や「粉飾決算」と呼ばれる不祥事が、最終的に証券訴訟に行き着くのが普通です。しかし、海外では一見会計とは関係ない不祥事が、証券訴訟に発展することがあります。そして日本でも実はリスクは低いとは言えないかもしれません。

振り返ると、トヨタはアメリカで同様の訴訟を経験済みです。トヨタ車が意図せぬ急発進を起こす等の問題を抱えているとして、2010年頃大きな事件となりました。トヨタはカーオーナーと巨額の和解をする傍で、ADR購入者ともUSD25.5Mで和解をしたそうです。トヨタはトヨタ車の安全性に関する書類上で嘘をついたと言えるかもしれませんが、会計上嘘をついたように見えません。このように、証券訴訟には行き着かないような不祥事が、海外では証券訴訟に発展するのはどうしてなのでしょうか。日本で起きないのはなぜでしょうか。ドイツには証券訴訟モデル法があるから?アメリカは訴訟社会だから?

日本には金商法21条の2という証券訴訟の原告にとって使い易い条文があります。しかし、この条文が使えるのは、25条が列挙する一定の文書に虚偽記載があったときに限られます。25条が列挙するのは、有価証券届出書、参照形式による有価証券届出書、発行登録書、有価証券報告書、有価証券報告書の情報の正確性確認書、内部統制報告書、四半期報告書、半期報告書ほか若干です。

他方でアメリカの証券取引法1934年法は、対象文書を限定していません。投資判断に与える情報であればどのような形でも証券訴訟を引き起こし得ます。この辺りに違いがあるのかもしれません。有価証券報告書ではなく、安全性を誇ったリリース文が、投資判断を誤らせた、という構成です。

ところがその後、GMの事件はこの議論をさらに進めました。GM車のイグニションスイッチに不具合があるとして、2014年頃大きな事件となりました。この事件でGMはSECと和解しています。SECのリリース文には、イグニションスイッチの不具合が会計上どう取り扱われるべきであるかが説明されています。
https://www.sec.gov/news/pressrelease/2017-19.html

リコールのような偶発損失のリスクが生じたら、Accounting guidanceにしたがい、リコールの可能性を測り、生じる損失を見積るか、見積れないならその旨を表示する必要がある。GMのある部門は2012年春には安全上の問題を分かっていたのに、2013年11月まで社内の会計士に伝えていなかった。このため会計士は18ヶ月間リコールの可能性測定や損失の見積りができなかった。偶発損失と公表の必要性検討は、GAAPに準拠した財務諸表を作成する上で必須である。GMの内部統制システムは、Accounting guidanceを遵守してリコールの可能性を正しく公表するように構築されていなかった。

SECのこの説明は理路整然としていて、文句のつけようがないように見えますが、企業にとっては大きな負担を要求する厄介なものです。品質管理部と財務部とを連携させ、品質管理上の判断を財務諸表に反映させていく必要があります。しかし、技術、会計それぞれに専門性が高く、微妙な判断を要すると思います。意見に調整が必要となったときに誰が裁定するのでしょうか。品質保証部がある分析結果からある判断をして、その判断が最善ではなかったと後に判明したとき、財務部がその分析結果を知らされなかったらGAAP違反、内部統制は失敗でしょうか。

現在でも企業は、品質保証引当金を適正に計上するため部門間連携をしていることと思います。しかし、SECが言うように、これができていないとGAAP違反、内部統制の不備と言われると、かなり厳しいものがあります。一見会計とは関係のない不祥事も、偶発損失の見積りを通じて証券訴訟に発展していく道筋が、かなりはっきり引かれた感じがします。また、内部統制に不備があれば、内部統制報告書に虚偽記載があったことになるかもしれません。上述した通り、日本の金商法は内部統制報告書について金商法21条の2の適用を認めます。これもまた証券訴訟に繋がる裏道を敷いた感じがします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください