指名方針等についてのコーポレートガバナンス・コード対応調査結果
公益社団法人会社役員育成機構(BDTI)
2015年12月1日
【はじめに】
6月1日より施行されたコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)では原則3-1(iv)*において、取締役会は経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行うに当たっての方針と手続きの情報を開示することを企業に求めている。また3-1(v)において、取締役会が上記(iv)を踏まえて経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行う際の、個々の選任・指名についての説明を企業に開示するよう求めている。そこで各企業の役員の指名を行うに当たっての方針と手続き、また選任・指名理由についての開示状況を、6月1日から11月13日までに提出された上場企業105社のコーポレートガバナンス報告書等を対象に調査分析を行った。
【要約】
調査対象とした105社は、コーポレートガバナンス報告書もしくはガイドラインを早い段階で開示しているという点で、CGコード対象企業の中でもこれに積極的に取り組んでいる企業だという点は評価すべきである[1]。しかし、役員選任方針・手続きの開示に関しては投資家が期待するレベルからは程遠い結果となった。
開示内容に具体性が乏しい企業が多い。候補者の探索方法が不明、候補者の履歴以外に指名理由に関する説明をしない企業が多く、コンプライ・オア・エクスプレインの取り組みに一層の努力が望まれる。
選任基準を設けていると記載している企業でも、具体的な基準内容は開示していない場合が多い。
指名に関する取締役会の委員会又は諮問委員会がある会社は50社あるが、その内、これら委員会が独立役員もしくは社外役員だけで構成している会社は6社に過ぎず候補者の探索や指名に関する客観性が確保されているのか疑問である。
役員候補者を外部団体など幅広いプールの中から選択することを明記している会社は1社のみだった。
役員指名方針・手続についての具体的な選任基準などを設け充分に検討し指名を行っているのにそれが開示内容で情報として読み手に伝わらない企業も存在する可能性が推測されるが、情報を開示しても投資家に伝わらなければ意味がなく、その場合は表現や開示の方法に改善が必要であろう。
現在の役員のスキル、知識などについて明記している会社は105社中1社のみだった。
調査した企業の中にはCGコードで求められる内容以上に積極的に情報を開示している企業もあり、今後企業間のコーポレートガバナンス報告書もしくはガイドラインの開示状況、開示内容に関する優劣の差がより拡大することが予想される。
* コーポレートガバナンス・コード原則3-1
【原則3-1.情報開示の充実】
上 場会社は、法令に基づく開示を適切に行うことに加え、会社の意思決定の透明性・公正性を確保し、実効的なコーポレートガバナンスを実現するとの観点から、 (本コードの各原則において開示を求めている事項のほか、)以下の事項について開示し、主体的な情報発信を行うべきである。
、、、
(iv)取締役会が経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行うに当たっての方針と手続
(v)取締役会が上記(iv)を踏まえて経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行う際の、個々の選任・指名についての説明
【調査概要】
対象会社
6月1日から11月13日までにコーポレートガバナンス報告書を提出した企業105社
調査時期
2015年11月
調査方法
各企業のコーポレートガバナンス報告書もしくはその報告書が示すガイドライン、株主総会招集通知等、その他資料から原則3-1(iv)(v)に関する開示内容を内容の重要度に応じてウェイト付け(注)した11の評価項目について合計12点を満点として採点し分析した。
(注)レポート最後に評価項目と各項目のウェイトを掲載。
【評価項目と調査結果】
項目
詳細
記載あり
記載なし
不明
A. 候補者の探索と選任:担当者の明記
取締役会の委員会又は諮問委員会が指名候補の探索、提案または選定を担当していることが明記されている。
50
55
2. その会議体は執行者、業務取締役など独立でない人がメンバーになっていない。(独立役員もしくは社外役員だけで構成)
6
99
B. 探索・指名プロセス
候補者の探索プロセスについて具体的な記載がある。
4
101
2. 候補者をexecutive search firm、外部団体等を利用し幅広いプールの中から選択することを明記している。
1
104
3. 候補者の探索に関する指名委員会の役割が明記されている。
50
55
C. 役員の選任基準
探しているスキル、知識および経験は具体的で、将来の戦略、環境変化、多様性などの必要性に結びつけられている。また、そのようなコンセプトを使用しているエビデンスがある。(例:将来に向けてのニーズを勘案した具体的なスキルまたは知識の種類についての明記、また、「ニーズ・マトリックス」の使用、など) 1
104
2. 探しているスキル、知識および経験は特定されている。一般的な役員が持つべき知識及び経験(例えば、法律、ガバナンス知識、会計、ファイナンス、企業戦略など)である。(ガバナンス・コードの文言の繰り返しているような開示(例:「役員に相応しい知識」はこれに該当しない。)
24
81
3. 社内出身の役員と社外出身の役員の両方に1)2)のいずれの条件を適用したのがわかる。
105
D. 情報開示
各々の役員の選任について、理由の説明がある。どのような分野での貢献、どのようなスキルの活用などが期待されているか、何らかの「説明」がある。(招集通知資料などの履歴情報を指すことだけでは、これに該当しない。)
104
1
2. 全ての役員ついて、1)の情報を開示している。 (例えば、「各々の社外取締役」のみについて「選任の理由」の説明だけでは、これに該当しない。招集通知資料などの履歴情報を指すことだけでは、これに該当しない。)
10
140
3. 当該会社は、報告書に現在の役員のスキル、知識についてのサマリーまたはスキルマトリックスを開示している。
1
104
【企業別獲得点数 (12点満点)】
上位企業
7.5点
損保ジャパン日本興亜ホールディングス
7点
みずほフィナンシャルグループ、エーザイ
6点
大東建託、りそなホールディングス
【具体例と評価ポイント】
上位企業
○損保ジャパン日本興亜ホールディングス 7.5点
(評価ポイント)
指名・報酬委員会が選任の審議を行なっていることを明記している。指名委員会がすべて独立役員もしくは社外役員だとなお良い。
取締役会がどのような観点から、何に考慮し、どのような目的でどのような人物を選任しているのかを明記している。
指名・報酬委員会が外部機関による候補者のアセスメント等を踏まえて選任していることを明記している。
「6.役員選任方針
当社の取締役および執行役員ならびに監査役の選任にあたっては、次の役員選任方針に則り、取締役および執行役員については、指名・報酬委員会の審議を経て取締役会がその候補者を決定します。また、取締役会が監査役の選任に関する株主総会議案を決議する際には、取締役はあらかじめ監査役会とその候補者について協議する機会を設け、監査役会の同意を求めます。
(1)取締役・監査役の選任方針
当社は子会社等を監督・指導するとともに、損害保険事業を中心に様々な事業を営む子会社等の経営戦略を包含したグループ全体の経営戦略を策定し、これを着実に遂行・実現する役割を担っています。 この観点から、取締役会は、主要な事業会社の業務に精通した取締役を専門分野に偏りがないように経験や実績のバランスの確保を考慮して選任するほか、さらに多様かつ独立した視点・観点から経営課題等に対して客観的な判断を行うことを目的として、様々な分野で広い知見や経験を持つ会社経営者・学識者・法曹関係者等を社外取締役として複数選任し全体構成します。 監査役会については、財務および会計に関する適切な知見を有する監査役を選任するほか、会社経営の経験や法曹の知見など、全体のバランスを考慮して選任します。また、取締役・監査役選任にあたっては、保険会社向けの総合的な監督指針の内容を踏まえた選任基準等に基づき選任を行うほか、社外取締役・社外監査役については「社外役員の独立性に関する基準」を定め、この基準に照らし合わせて選任を行います。
(2)執行役員の選任方針
当社は、執行役員の選任にあたり、「望ましい執行役員像」・「執行役員選任方針」を定め、必要な能力・資質、経験や実績のバランス等に関する基本的事項を定めています。 また、指名・報酬委員会が外部機関による候補者のアセスメント等を含め、多角的な観点で執行役員選任プロセスを定めており、これらを踏まえて選任を行います。」(下線はBDTIが追加)
○みずほフィナンシャルグループ 7点
(評価ポイント)
指名委員会で選任案の審議を行なっていることを明記している。指名委員会の役員全て社外役員であることが明記されている。
役員候補者として探しているスキルや知識などが特定されている。
候補者探索に関して、外部の機関などを活用するなど詳しいプロセスが明記されているとなお良い。
すべての役員の選任理由が株主招集通知に明記している。
「(4)指名委員会が取締役候補者の決定を行うにあたっての方針、および取締役会が執行役の選任を行うにあたっての方針については、当社のホームページにて公表しております「コーポレート・ガバナンスガイドライン」の「取締役会の構成」、および「執行役の構成・選任等」に規定しておりますので、ご参照ください。 (http://www.mizuho-fg.co.jp/company/structure/governance/index.html)
取締役会が執行役を選任するにあたっては、指名委員会および報酬委員会の委員である社外取締役と執行役社長で構成する人事検討会議が選任案の審議を行ったうえで、取締役会において決議しております。 また、取締役候補者の決定にあたっては、当社のホームページにて公表しております「コーポレート・ガバナンスガイドライン」の「指名委員会の運営」に規定しているとおり、会社法に基づき、当社の指名委員会において決議しております。
(取締役の選任)第8 条 執行役を兼務する取締役の選任にあたっては、指名委員会が定める選任方針等を充足する人材であることに加え、グループCEOの他、経営に対してチェックアンドバランスを果たせる職務(CFO・CRO・CCO・CSO 等)を委嘱された執行役を取締役候補者とする。
2. 社外取締役候補者については、監督機能を十分発揮するため、次に掲げる事項を充足するものとする。
(1) 企業経営、リスク管理、法令遵守、危機管理、財務会計、内部統制、マクロ政策(金融・産業等)、組織・カルチャー改革、グローバル経営等のいずれかの分野における高い見識や豊富な経験を有すること
(2) <みずほ>の経営全体を俯瞰・理解する力、本質的な課題やリスクを把握する力、ならびに経営陣からの聴取および経営陣に対する意見表明や説得を的確に行う力等を有すること
(3) 当社社外取締役の独立性基準(概要につき別紙参照)に照らし、当社グループの経営からの独立性が認められること
指名委員会-役員人事の客観性や透明性を確保するため、委員長を社外取締役とし、他の委員についても原則として社外取締役(少なくとも非執行取締役)から選定することとしており、現在は、委員長を含む全員が社外取締役となっています。」
○エーザイ 7点
(評価ポイント)
指名委員会の役割を明記している。事業報告書で指名委員会の役員すべて社外役員であることを明記している。
全役員の選任理由を明記している。
選任に関する基準を詳しく明記しているとなお良い。
「(4)当社は指名委員会等設置会社であり、指名委員会が、取締役の選任および解任に関する株主総会議案、取締役の選任および解任のために必要な基本方針、規則および手続等を決定する権限を有しています。指名委員会は、次年度の取締役会構成案、社外取締役の独立性・中立性の要件等を決定するとともに、取締役候補者の決定を行っています。指名委員会の任務、活動内容等については、 第103期事業報告で開示しています。
執行役の選任は取締役会の決議事項であり、代表執行役CEOが、理由を付して候補者を取締役会に提案し、取締役会で選任しています。
(5)取締役の選任については、株主総会招集ご通知参考書類において、指名委員会が決定した取締役候補者それぞれについて、取締役候補者とする理由を記載しています。また、社外取締役については、指名委員会が確認した社外取締役としての独立性・中立性に関する事項を記載しています。執行役の選任については、取締役会の議案に選任理由が記載されていますが、提案者である代表執行役CEOは、個々の選任に関し取締役会に十分な説明を行っています。」
【ご参考: 投資家が期待する内容】
具体例を示すために架空の会社の「XYZコーポレートガバナンス報告書」【原則3-1.情報開示の充実】に基づいて、取締役会が経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行うに当たっての方針と手続、取締役会が上記を踏まえて経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行う際の、個々の選任・指名についての説明を用意してみた。この架空のXYZ社は、とても真面目にコーポレートガバナンス・コードの実施に取り組んでおり、コード項目が対応している課題について深く検討・考慮し、あとで恣意的な実行又はお互いに理解の相違が起きないように、また、株主と社会にこれを公表することによって自己規律が機能するように、自社のコーポレートガバナンス・ガイドラインを作って、それに基づいて以下の報告書文言を書いた、と仮定している。
【取締役会が経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行うに当たっての方針と手続】
取締役候補者及び監査役候補者(「役員」)の指名は、独立社外取締役でしか構成されていない独立諮問委員会の助言を踏まえて、取締役会の決議により行う。
独立諮問委員会は、各期毎に、以下に規定された検討プロセスを経た上で、以下の「取締役候補者及び監査役候補者の指名基準」を充足する者を役員として取締役会に書面を以て助言する。助言の中に、個々指名についての理由を説明する。「取締役候補者及び監査役候補者の指名基準」を充足しない者をあえて候補者とする場合には、指名基準を充足しないにもかかわらず候補とした理由を明記する。
各取締役、監査役及び執行役員その他の重要な使用人との個別面談等を実施し、その結果及びボード評価の結果等を踏まえて、現状の取締役会構成員の知識・経験・能力等の分析を行うとともに、当社の経営理念の実現に向けて補強すべき要素や資質の分析・検討する。
上記のプロセスを通じて、広い視野をもって適切なバランスのあるガバナンス体制を構築し、実効性のある意思決定を行うことを目指して、取締役会及び監査役会のそれぞれについてニーズマトリックスを作成し、又は現状に応じてアップデートする。ニーズマトリックスには、要求される経験、知識、人格、多様性等に関する事項を盛り込むものとする。
ニーズマトリックスについて、取締役会及び監査役会の意見を聴取する。
独立諮問委員会は社内外の候補者を人事部又はエグゼクティブ・サーチ会社、外部団体等を利用し幅広いプールの中からニーズマトリックスに合致する人材を探す。ニーズマトリックスの作成前には、いかなる者からも具体的な人材の推薦を受けない。
独立諮問委員会は審議を経て指名候補者のリストを決め取締役会に提案し、取締役会の合意を得る。
3. 毎年、株主総会招集通知の添付書類の中で (a)使用されたニーズマトリックスおよび (b) それぞれの役員候補者について、役員候補者とした理由および期待される役割を明記する。又、年次報告書および英語のAnnual Reportに現在の役員のスキル、知識についてのサマリーまたはスキルマトリックスを開示する。
当社の「取締役候補者及び監査役候補者の指名基準」は以下の通りである。
心身ともに健康であること
人格に優れ、高い倫理観を有していること
職務の執行について善管注意義務・忠実義務を適切に果たし、当社の持続的な成長と企業価値向上に貢献するための資質と知識を備えていること
ニーズマトリックスが示す企業経営、金融、財務会計、法律、技術等の分野で高い見識や豊富な経験を有していること
他の兼職の状況等および当社の取締役等の兼職の制限規定を踏まえて、職務を適切に果たすために必要となる時間及び労力を割くことができること
社外取締役については、独立した客観的な立場から経営陣の職務執行を監督する資質を有するとともに、当社の独立性判断基準を充たすこと
多様性が確保され、かつ取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランスのとれた取締役会構成を実現すること
監査役候補者の場合、全員が財務諸表分析および法律について十分な知識を既に持っていて、監査役の少なくとも二人が財務又は会計の専門家であること
【ディスクレイマー】
本レポートにおける企業評価は、対象企業によって開示されたコーポレートガバナンス報告書その他の開示資料に基づき実施したもので、実態調査を行ったものではありません。
本レポートにおける企業評価は、客観性・公平性を担保するため公益社団法人会社役員育成機構(BDTI)が独自に策定した採点基準に従って行なったものですが、開示資料に書かれた表現のニュアンスや文章全体から受ける印象などの主観的な判断を全て排除したものではありません。
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[1] 105社中、英語版のコーポレートガバナンス報告書(又は「コーポレートガバナンス・ガイドライン」)を開示したのは26社のみだった。