今回は、日本の中堅企業であればどこで起きてもおかしくないようなことを取り上げます。貴方はある会社の社外取締役になりました。社長(C氏)は創業者の息子です。 彼は職人肌のエンジニアで、高齢になった創業者である父の後を継いで社長になりました。彼は本当に親切で優しく、素敵な人でしたが、経営者としてはまだ経験不足で、技術革新の時代に将来を決するような、リーダーシップを発揮できる性格も持ち合わせていません。会社のためを考えると、彼には退任してもらって、外部から経験豊富で決断力のある人を探してくる必要があることは明らかでした。
社外取締役である貴方に課せられた仕事は、穏便に、物腰柔らかくCEOを説得し、退任させることです。例えばですが、レストランの個室で彼と食事をし、最初の2時間ほどは、会社が直面しているあらゆる戦略的課題について話し合います。その後で「この状況で会社を引っ張っていく自信がありますか?」と尋ねます。Cさんはとても素直な良い方ですので、「いいえ、自信はありません。」と答えるでしょう。貴方は「それなら、貴方は社長にふさわしい人ではありません」と答えます。彼は反論しません。父親が望んだから社長になったのであり、経営について何かプランをもって、社長になりたくて社長になったのではない、ということがよく伝わってきます。彼が本当にやりたいのは、より良い製品を作るための技術的なディテールの探求に戻ることなのです。
その後、後任のCEOが決まり、Cさんは円滑に退任します。2年後、後任のCEOが貴方に電話をかけてきて、「銀行が私の個人保証を求めているのですが、どうするうべきでしょうか」と聞いてきます。 貴方は、「重いリスクを個人で背負うことになるので、絶対にOKしないように」とアドバイスします。しかし、このとき、Cさんが過去に同様の個人保証をしたことがあったかもしれないなんて、露とも思いません。むしろ、新CEOが貴方に尋ねてきたのは銀行が最近、やけに細かいことを要求するようになり、これまで求めてこなかった経営者の個人保証を求めてきたのだ、と思いこんでしまうのです。
でもそれは思い込みに過ぎないかもしれません。Cさんは、もしかすると、会社の銀行融資のほとんどを個人保証する立場のまま、退任時に外すのを忘れていたかもしれません。数年後、その会社が破産手続をすれば、彼は自己破産を迫られたり、その後何年にも渡って銀行への返済のために給料の大部分を削らなければならない事態に陥るかもしれないのです。銀行に支払っても、せいぜい会社の未払債務の数パーセントにも満たないでしょうが、可哀そうなCさんの人生は大いに損なわれ、個人資産までも失われてしまうのです。
自分のしでかしたことの大きさに、貴方は打ちのめされます。良いガバナンスを実現するためには、このような問題を議論して予測することが必要だと気付くのです。ガバナンスがうまく機能しない場合(例えば取締役会が、会社としてまだチャンスがあるうちに、シナジーをもたらす企業に売るチャンスがありながらそれを決断できないとき)、後になって顕在化する損害は金銭的な損失に限られないと気づくのです。その損害は金銭を超え、幸せな生活を何年にも渡って失わせ、一人の人間に大きな傷跡を残すことすらありえるのです。もっと酷い場合、水俣病、オピオイド危機、三菱自動車のリコール隠し事件などの例を見ればわかるように、ガバナンスの失敗は肉体的な苦痛や人の死すら、もたらし得るのです。その会社の株主であった企業や機関投資家は投資したお金を失いますが、それは企業のお金に過ぎないとも言えます。社外取締役の貴方は将来の役員報酬を失うだけです。一方、Cさんのような人は、家族の財産をすべて失った上に、その後も生活に苦しむことになるのです。
このような事が起きると、ガバナンスの善し悪しは人間としての痛みに繋がることがあると悟るのです。 不祥事の後のライブドアの社外取締役に就任したとき、同じように金銭を超えた痛みを感じていた関係者を目にしました。 何も悪いことをしていない多くの社員が、精神的に辛く、ストレスのたまる時間を過ごしていたのです。
ニコラス・ベネシュ
(個人的な立場で書いており、いかなる組織を代表する立場ではありません)。
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