2006年12月のライブドア総会の前、新たに指名されたもう一人の「独立取締役」の一人から、「もし選任されたら、現CEOの解任に賛成するか」と聞かれました。私は、「まだ取締役ではないし、CEOのパフォーマンスを含め、会社の内部で起こっていることを知らないので、その質問には答えられない」と答えました。
それに対して、この取締役候補は「しかし、大勢の株主がそれを望むのであれば、現CEOを解任しないわけにはいかないのではないか」と聞いてきました。
確かに私たちを取締役候補に指名したヘッジファンドなどのグループは、おそらく株式の過半数を持っており、そのうち幾つかのファンドが、現CEOを辞めさせることに全員が合意していると主張していました。でも、私は同意したという株主全てが記載された書面も見たことがなく、また、この要求は2~3人の個人からしか聞いていませんでした。
このようなケースでは、取締役としていくつかのことを同時に考えなければなりません。 第一に、取締役に選任された場合、株主は取締役会が行わなければならないさまざまな意思決定に参加する権限を取締役に完全に委ねることになります。 なぜなら、状況は変化する可能性があり、株主は最新の状況をリアルタイムで(または100%正確に)知っているわけではないからです。 新しい状況や情報は、非常に機密性が高く、かつ非常に重要なものである可能性があります。 取締役は、「株主から指示を受ける」ではなく、自分で考えて会社にとって最善のことをするために、常に最善の判断を下す義務を負っているのです。取締役には、そのための完全な裁量が与えられているのです。
第二に、「株主」の構成が変化し、株主によって意見が異なる可能性があるため、各時点で「平均的な株主の視点から、会社やその価値にとって何がベストなのか」を考えなければなりません。 さらに、「ある株主が、私が今知っていることを知ったら、違う意見を持つかもしれない」という可能性もあります。したがって、ある特定の株主や、役員会ほど機密情報を知らない株主グループの強い意見だけを考慮することはできません。また、理由は様々ですが、すべての意思決定について、すべての投資家の意見を聞くことはできないはずです。多くの株主の意見を参考にすることは確かに非常に重要な要素の一つですが、それでも取締役は自身で最善の判断を下す必要があります。それが「ジョブディスクリプション」であり、実際に、重要な事実を十分に把握した上で、最善の意思決定を行うことが役員会そのものの役割です。
第三に、私の経験上、CEOを解任する際に最も難しいのは、現CEOがうまく役割を果たしていないということについて他の取締役と合意することではありません。 多くの場合、その話題が出た時点で、他のほとんどの社外取締役は、CEOを交代させる必要があることに同意します。むしろ、そのようなときにもっと同意するのが難しいのは、現CEOよりも優れた人物、つまり後継者を誰にするか、あるいは外部から雇う人物をどのように見つけるかについて合意することです。 取締役会でも意見が分かれることが多く、自分の好みもあります。しかし意見がまとまらない限り、現CEOを即座に解任するのは無責任であります。 また、経営不振のCEOは後継者を育てていないことが多く、育てていたとしても、その人物が前CEOの「取り巻き」であるとか、特定の株主の影響を受けているのではないかという懸念から、社外取締役はその人物を好まないかもしれません。
こうした理由があるので、以前の記事で紹介した、ある投資家との会話と同様に、私は 「現時点ではそのような(CEO解任という)判断を下すには十分な情報がない 」と答えるしかありませんでした。
今回のケースで、もし特定の株主がCEO(代表取締役)を解任して特定の人物と交代させたかったのであれば、総会で現CEOを再選任せず、その後任として希望する取締役をあらかじめ公表しておくべきでした。 その場合、総会の場ですべての株主に対して、誰が会社の将来のリーダーになる可能性が高いかを完全かつ平等に開示され、同じ情報に基づいて議決権行使ができることになります。
このような「事実上の例外」的な場合を除けば、実際には、株主がCEOを解任して後任をアポイントすることはありません。むしろその判断は、本来あるべき取締役会の最も重要な役割の一つです。そして、それは会社法に明確に定められているのです。
ニコラス・ベネシュ
(個人的な立場で書いており、いかなる組織を代表する立場ではありません)。
備考:私がライブドアの取締役会で起こったことを語れるのは、同社がもう存在しないからです。通常、取締役は会社に対して「守秘義務」を負っており、取締役会の議論や機密事項については、死ぬまでその義務が続きます。しかし、ライブドアはもう存在しないので、私が義務を負うべき対象会社はもう存在しないのです。
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この投稿が役立ったと思われた方は、他のシリーズもありますのでぜひご覧ください。今後もまだ続きます!
社外取教訓#4:会社が潰れることよりも悪いことは?(クリック)
社外取教訓#3:こんなにも早く会社が倒産するのか(!)(クリック)
社外取教訓#2:社外取締役として初めて経験したこと(クリック)
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2023年4月16日、私ニコラス・ベネシュは67歳を迎えました。そこでぜひお願いがあります。私が代表理事として14年間、日本で3,000人以上の方に役員研修(e-ラーニングを通すともっと多く)を提供してきた益法人会社役員育成機構(BDTI)への寄付をご検討いただけないでしょうか。また、これを機に、今後、コーポレート・ガバナンスに関連する論点やメッセージを、最近の出来事や私自身の15年にわたる社外取締役経験(又は友人の経験)に基づき、短く、読みやすく、しかしできれば考えさせられるような投稿を、このブログで連載していこうと考えています。
BDTIの仕事は、情熱と責任を必要とする「mission work (ミッション・ワーク)」であります。これからの投稿は、私がなぜこのような仕事をしているのか、日本や日本企業、投資家が直面する課題、そしてそれをどのように克服できるのかを明らかにするという意味で、興味をもっていただけると思います。これは、15年近く日本企業で取締役を務め、20年以上にわたってコーポレート・ガバナンス改善についてアドボカシーを積極的に行った者の視点を紹介するものになります。
日本には本格的な取締役研修の習慣や義務がないため、BDTIは研修をいわゆる「補助金」を出す形で安く提供しなくてはいけません。質の高いプログラムを、(倹約家である)お客さまを引き付けるに十分な価格帯、つまり、1人1時間当たりで他の先進国の市場の3分の1の価格で提供できるようにしなくてはいけません。 (安い給料を支払って、私自身で多くの寄付しても、これが市場の現実です)。しかも、「G」は「ESGの大黒柱」であるにもかかわらず、その事実があまり認識されていないのです。
では私たちはどのようにしてこの「補助金」を出しているのでしょうか。 1)第一に、東京郊外に小さなオフィスをかまえ、経費をケチること、2)第二に、日本のコーポレート・ガバナンスの有効性と信頼性を高めることが重要だと考える個人や機関投資家から寄付をいだだけること、3)第三に、長期にわたる「ビッグデータ」構造化データベース(テキストを含む)を収集・正規化し、そのアクセスを大手ファンドマネージャーに販売すること。
ようやく日本の機関投資家も支援を検討してくれるようになりましたが、もう少し時間がかかりそうです。…なので、今はまだ数千円でも良いので、皆さんのご支援が必要なのです。
2022年度活動報告・2023年度 次年度予定: https://blog.bdti.or.jp/2023/03/16/fy2023/
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代表理事
ニコラス ベネシュ
(個人的な立場で書いており、いかなる組織を代表する立場ではありません)。