アルプス社は、売上高の増加に伴い、増加する運転資金を銀行からの借り入れで賄っていました。しかし、どこの銀行も小さな会社の「メインバンク」にはなりたがらないのです。そこで、1年ごとに2億円以上ずつ貸してくれる銀行を増やしていき、6、7行にもなっていたかと思います。これらの融資はすべて短期で、毎年ロールオーバーする必要がありました。
すべての銀行が毎年ローンをロールオーバーし、必要な際に新しい銀行を見つけることができれば、取締役会にとってはすべてがうまくいくように思えました。
しかし、書籍ビジネスの現実として、地図などの出版社は、特に2000年代前半は、書籍卸業者に本を完全に「売る」ことはしていませんでした。出版社は、一種の委託販売制度を使っていました。このシステムにおいて、アルプス社は、卸売業者や書店に本を渡す際に売上を計上し、過去の経験から見積もって売れずに返品されそうな本の割合を使って引当金を同時に計上していました。
売れ残った本が本屋などから返品されるまで、つまり「期待どおり売れていない」という情報がわかるまで、長い時間がかかりました。そして、実際に返品された本の割合(「返品率」)が増えると、その額が積立金よりも多くなってしまい、その超過分のほど売上を減らさなければならなくなりました。
このような状況に役員会は怯え、突然私に「ヤフーにまだ会社を買いたいかどうか聞いてくれ」と頼んできました。もちろんヤフーは、この先どうなるかは容易に予想できたので、「今の時点では買う気はない」と答えました。そして或る銀行に融資のロールオーバーを拒否されました。アルプス社は、代わりの融資先を見つけることができませんでした。
アルプス社は突然の破産しました。銀行は民事再生を申し立て、株主資本はもちろん銀行からの融資のほとんどが帳消しになりました。アルプス社と債務者はすぐに「スポンサー」を探さなければなりませんでした。そのスポンサーになたいといち早く興味を持ったのは、もちろんヤフーでした。そもそも、興味があるはずの買収者が少なかったことは、ずっと気になっていたのです。なにしろM&Aでは、(1)価値がまだ残っているタイミングで動いて、また(2)競争する他の買収者がいなければ、良い取引ができません。私はどうしても、M&Aを知らない勤勉な地図専門家にこの厳しい事実を伝えることに出来ませんでした。
ヤフーはすぐにスポンサーになって下さいましたが、アルプスの貴重な地図データとそれを作るスタッフを0円で手に入れることになりました。
この話の教訓は? 多くの日本企業およびその取締役会は、業績不振の事業部門や子会社、あるいは会社全体の売却を手遅れになるまで避ける傾向があります。経営陣や他の社外取締役でさえ、事業にもう少し時間を与えなかったり、従業員を「売る」(だから「身売り」の言葉がある」に迅速に動いたりすることは、どこか不誠実だと感じることが多いのです。 しかし、M&Aでは、部門や会社の価値があるうちに売却するために迅速に行動しなければ、後になって、価値がほとんど残っていない現実、興味を持つ買い手がほとんどいない現実になってしまうことがよくあります。 「買い手がほとんどいない」ということは、仮に会社を売却できたとしても、安い価格しか売れないということがほぼ確定しています。私は取締役として、このことをもっと強く説明するべきだったのです。実は、自分では一生懸命戦っているつもりだったのですが、当時はこのような体験がなかったのです。
もう一つの教訓は、より大きな金額がかかっているため、取締役会を早期に説得するために力を貸して下さるメインバンクからの長期借入金には、より高い利息を払う価値がある場合もある…ということで、そのような長期貸し出しをして下る銀行が見つからない場合は、心配した方がよいでしょう。 最後の教訓ですが、MapInfo社は、どちらかというと損金計上を遅らせたいのか、思ったほど手助けをして下さらなかったことでした。彼らには、自分たちの問題があったのでした。
ニコラス・ベネシュ
(個人的な立場で書いており、いかなる組織を代表する立場ではありません)。
ところで、私がアルプスマッピングの取締役会で起こったことを語れるのは、同社がもう存在しないからです。通常、取締役は会社に対して「守秘義務」を負っており、取締役会の議論や機密事項については、死ぬまでその義務が続きます。しかし、アルプス社はもう存在しないので、私が義務を負うべき対象会社はもう存在しないのです。
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