指名委員会はコーポレートガバナンスのプラクティスの中で最も難しい問題です。取締役の選任(指名)は人事権に関わる問題で、人事は報酬にも大きく関係する問題なので、とりわけ取締役会で社内取締役が多数構成する日本では今でも多くの会社でCEOがこの決定に深く関わっています。この決定権を独立社外取締役に委任することに、抵抗があることは想像に難くありません。結論を先に言ってしまうと、指名委員会を設置したからといっても実質的にその指名委員会が適切に機能しているのかを精査しなければわかりません。指名委員会が適切に機能しているかをチェックするには、まず、その指名委員会の構成メンバーを独立社外取締役が過半数を占めているのか、また独立社外取締役が委員長を務めているかがポイントになります。しかし、その前提として、透明性と客観性のあるプロセスを経た取締役指名の決定を取締役会が受け入れる用意があることが必要です。このことは取締役会自体が透明性と客観性のある運営をされていることと考えることもできます。それをはかる一つの尺度として、独立社外取締役が取締役会の中で過半数を占めているのかで検証してみたいと思います。社内取締役が多数を占める取締役会では、そもそも透明性のある客観的な手続きで取締役の指名プロセスが行われるのか不明ですし、指名委員会が提出した取締役候補の案を取締役会で承認するかも不明だからです。
まず、現時点の日本の上場会社全体の指名委員会の状況は下表の通り、2021年10月1日現在の東証全上場会社3,784社中コーポレートガバナンス報告書を提出していた3,733社の中で、法令上の指名委員会があるのは指名委員会等設置会社の組織形態をとっているのは82社(全体の2%)でした。監査等委員会設置会社および監査役設置会社は1,249社および2,401社で、そのうち任意で指名委員会を設置している会社は、それぞれの組織形態で609社(49%)および1,046社(44%)でした。
指名委員会が適切に機能しているかをチェックするに、指名委員会の構成メンバーを独立社外取締役が過半数を占めているのか、また独立社外取締役が委員長を務めているかを調べるために、Metricalユニバース(2021年9月)で示したものが下表です。Metricalユニバース1,709社では、指名委員会等設置会社は72社で、そのうち66社(92%)で指名委員会の過半数を社外取締役が占めていて、59社(82%)で社外取締役が委員長を務めています。一方、監査等委員会設置会社と監査役設置会社の任意の指名委員会では、それらの比率は低くなります。ユニバースの529社の監査等委員会設置会社で任意の指名委員会がある会社は376社(71%)、社外取締役が委員会の多数を占めているのは375社(71%)、社外取締役が委員長を務めているのは、214社(40%)です。ユニバースの1,108社の監査役設置会社で任意の指名委員会がある会社は758社(68%)、社外取締役が委員会の多数を占めているのは754社(68%)、社外取締役が委員長を務めているのは、430社(39%)です。
また、冒頭でも述べましたが、指名委員会が適切に機能するかは、取締役会自体が透明性かつ客観性のある指名プロセスを重視するか、そのためには取締役会自体が独立社外取締役を中心に透明性かつ客観性のある運営がなされていることが必要になると考えます。取締役会自体が独立社外取締役を中心に透明性かつ客観性のある運営されているかを検証する一つの尺度として、独立社外取締役が取締役会の中で過半数を占めているかを用いて、指名委員会スコアと合わせて検証してみます。
下表は組織形態別に指名委員会のスコアクライテリアごとに独立社外取締役が取締役会に占める比率と過半数を占めている会社数とその構成比率を示しています。指名委員会スコアで最も高い3の評価の「指名委員会メンバーの過半数を社外取締役が占めていて、かつ社外取締役が当該委員会の委員長を務める」において、指名委員会等設置会社では、当該スコア3の評価の59社中69%の41社で取締役会の過半数を社外取締役が占めています。一方で、監査等委員会設置会社においては、当該スコア3の評価の197社中わずか15%の29社で取締役会の過半数を社外取締役が占めています。また、監査役設置会社においては、当該スコア3の評価の306社中さらに低い6%の19社のみが取締役会の過半数を社外取締役が占めています。
つまり、法令上の指名委員会を設置する指名委員会等設置会社では、「指名委員会メンバーの過半数を社外取締役が占めていて、かつ社外取締役が当該委員会の委員長を務める」場合において69%の会社で取締役の指名プロセスの透明性と客観性を確保した運営がなされていることに期待を抱かせるものです。任意の指名委員会を設置する監査等委員会設置会社および監査役設置会社において取締役の指名プロセスには、独立社外取締役が取締役会の中で過半数を占めているかという尺度で見た場合、大半の会社で取締役会が社内の取締役で多数を占めているという結果から、取締役会および指名委員会の運営プロセスにおいて独立社外取締役を中心に透明性かつ客観性が確保されているかは不透明です。
本分析から、指名委員会等設置会社において「指名委員会メンバーの過半数を社外取締役が占めていて、かつ社外取締役が当該委員会の委員長を務める」点において指名委員会が透明性と客観性を確保する体制になっている会社のうち69%の会社で、取締役会で社外取締役比率が50%を上回っています。このことから、法令上の指名委員会が設置される指名委員会等設置会社に移行することが、指名委員会の適切な運営が機能する有力な方法であるいうことが確認されました。それ以外の組織形態では、「指名委員会メンバーの過半数を社外取締役が占めていて、かつ社外取締役が当該委員会の委員長を務める」点において指名委員会が透明性と客観性を確保する体制になっている会社のうち、依然として限られた会社でしか、取締役会で社外取締役比率が50%を上回っている会社はありません。指名委員会が設置されていたとしても、その体制と合わせて取締役会の社外取締役の比率を調べて、それが適切に運営されないリスクを念頭に入れておく必要があります。
さらに下表は、組織形態別に指名委員会のスコアを「指名委員会メンバー構成で社外取締役が過半数を占めているか、委員長を社外取締役が務めているか」というクライテリアごとにROE(actual)、ROA(actual)、TobinのQのパフォーマンス指標を示しています。
前回の記事で、「指名委員会のスコアとパフォーマンス指標と規則性は見られない」と述べましたが、今回Metrical ユニバース2019年9月のデータで初めて有意性のある相関が見られました。2016年から指名委員会スコアなどコーポレートガバナンス・プラクティスとパフォーマンス指標の相関関係を調べて来ましたが、有意性のある正の相関が確認されたことは5年間で初めてのことです(負の相関が見られたことは過去に何度かありました)。下表は指名委員会などのスコアとパフォーマンス指標の相関を示したものです。取締役会に占める社外取締役の比率がトービンのQと有意性のある正の相関は、以前から確認されています。そして、上で述べましたが、指名委員会設置会社においては、指名委員会スコアが高い「指名委員会メンバーの過半数を社外取締役が占めていて、かつ社外取締役が当該委員会の委員長を務める」会社の多くは、取締役会でも社外取締役が半数を超えています。このことから、指名委員会スコアとトービンのQの正の相関が示されても驚くことはありません。今後は、さらに多くの会社が指名委員会設置会社に移行すると、この相関関係が継続して確認されるでしょう。指名委員会設置会社に移行することと株価が高く評価されるという相関関係が定着すると、上場会社にとっても指名委員会設置会社へ移行するインセンティブになるのではないかと期待されます。
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