日本でもジニ係数が過去最大となるなど、所得格差の拡大が世界的な問題となっています。以下は元米財務長官サマーズ氏のコメントです。
「ローレンス・サマーズ
[16日 ロイター] – 米国ばかりかそれ以外の地域でも、経済格差が重要な問題として浮上してきている。
所得総額において最上位階層1%の所得が占める割合の上昇や、労働分配率における企業利益の比率の高まり、実質賃金の停滞、生産性の伸びと中所得世帯の所得増加率の格差が広がっていることなどすべてが、考慮に値する懸念要因だ。
10年前ならば、経済全体の成長率が中間層の所得の伸びや貧困率低下の進ちょく度合いを決定するという主張に妥当性があっただろうが、もはや今は違う。米国は「ダウントン・アビー」(英制作のテレビドラマで大邸宅に住む貴族と仕える多くの使用人が登場する)の経済に向かいつつある可能性が大きい。
だから不平等とそれに付随する現象を心配することには正当な意味がある。経済状況が正常化し、財政赤字に最終的に対応しても、そのずっと後まで富の再分配の不公平性が増していることに伴う問題は残っていくだろう。
オバマ大統領の格差に対する懸念を「富裕層の解体」や非米国的な大衆迎合主義と非難する人々は、控えめな言い方をしても狭い歴史的知見しか持ち合わせていないといえる。
歴代の大統領の発言例を考えてみよう。
フランクリン・D・ルーズベルトは1933年の就任演説で金融業界に言及し、「恥知らずの両替商たちは世論という法廷において弾劾される立場にある。彼らは利己主義者が生み出したルールしか知らない。彼らはビジョンを欠いており、ビジョンの無い人々は滅びゆく」と語った。
その後ルーズベルトは1936年の再選に向けた選挙戦では「われわれは平和に対する古くからの敵と苦闘してきた。それは企業や金融の独占、投機、向う見ずな銀行業だ。彼らは一致してわたしに敵対的であり、そうした敵意は望むところだ」としている。
ルーズベルトの後を継いだハリー・S・トルーマンは「ウォール街の反動主義者は金持ちであることに満足していない。これらの貪欲な共和党員の特権階級は、冷血な人間たちだ。彼らはウォール街の経済的な独裁体制の復活を望んでいる」と主張した。
さらにジョン・F・ケネディは1962年の鉄鋼価格値上げに失望して非公式の場で鉄鋼幹部らに罵声を浴びせたが、それはすぐに公表されて、連邦捜査局(FBI)が関係企業に家宅捜索に入るとともに、企業や経営者個人の記録の召喚を求める事態につながった。
彼が内国歳入庁(IRS)に鉄鋼幹部の所得還付に関する監査を命令したのもうなずける。
リチャード・ニクソンも1973年、IRSに対して規制上限から1.5%を超える幅で値上げした企業に関する記録を徹底的に調べるよう命じている。
そしてビル・クリントンは1992年の選挙戦期間に「米国には新たな社会秩序が形成されつつあり、成功を求める人々にとって不公平さや格差、不可侵性が増している。米国の金持ちはさらに金持ちになるが、米国自体は富まなかった。株価は3倍になっても賃金は下がった」と不満を表明した。
所得格差や富の集中、金融業界内の利益がもたらす影響を懸念することが異例でも非米国的でもないことを証明する事例は、このほかにも枚挙に暇がない。
賃金が上がらないことに関する一般の人々の不満や、機会の平等性低下、財やサービスへの需要減退、公的機関への疎外感といった事象と格差との結びつきを示す証拠の増加を踏まえれば、何らかの行動を要求する声が高まるのも理解できる。
課題は何をなすべきかを知ることだ。所得総額が再分配の取り組みとは無関係であるとすれば、最上位階層の所得を減らして中間層や下位層に移転したくなってしまう。残念ながらそれは正しくない。例えば、技術の変化や国際化によって起業の才能が豊かな人々は、かつてよりスピードアップし、またより大規模に事業を展開できるようになり、空前のスケールで利益を生み出している。
起業や事業成長、国際化を難しくすることでビル・ゲイツ氏やマーク・ザッカーバーグ氏のような人々の稼ぐ力を弱める政策を思いつくのはたやすい。だがそうした政策が所得階層の99.9%の収入をどのように引き上げるかを予想するのはずっと困難であるばかりか、これらの階層を消費者としてみた場合、痛手を与えるのは間違いない。
過去30年で金融の世界においては資産運用手数料の資産額に対する割合はほぼ変わらなかった。恐らくはこうした手数料を引き下げる政策も見つけ出されるだろうが、その恩恵を受けるのは金融資産の所有者であり、これは最富裕層とかなり重なる傾向が出ている。
というわけで格差を和らげる政策を特定するだけでは十分ではない。効果を持たせるには、中間層と貧困層の所得を引き上げる必要がある。そこで大きな役割を果たすのが税制改正だ。
米国の現在の税制は、経済効率性にマイナスの影響を及ぼしているという点はひとまずおいても、貧困層や中間層に比べて富裕層が課税逃れできる余地がずっと大きいという面がある。
例えば、昨年の株式の値上がりは約6兆ドルの富が新たに創出されたことを意味するが、その大部分は最富裕層に帰属する。そして政府は、キャピタルゲイン課税免除などのために最大でこの新規の富の10%を税として徴収できない可能性が大きい。
別の例では、法人税が挙げられる。これにもさまざまな抜け穴があるので、米企業の時価総額に対する法人税の徴収率は過去最低に近い。不動産課税は、専門的なアドバイスを受けられる人々にとっては相当程度回避できるという現実もある。
富裕層だけが享受できる抜け穴を塞げば、労働や貯蓄を奨励して貧困層や中間層の所得を引き上げることになる所得税額控除のような政策を打ち出すことができる。
市場の力を熱心に唱える人々が、富裕層向け税制優遇措置の制限に最も熱意を示さないのは皮肉な話だ。遅かれ早かれ、格差に対する取り組みはなされる。その際には、市場の力を働かせて結果を改善する努力をする方が、市場の力を阻もうとするよりもはるかに得策だろう。
(本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*ローレンス・H・サマーズ氏はハーバード大学教授。元米財務長官」
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYEA1G02Y20140217?sp=true