一般社団法人実践コーポレートガバナンス研究会(http://icgj.org)ブログに次の記事が掲載されました。
「金融業界は社会的責任を深刻に自覚すべし」
バークレイズのような国際的影響力を持つ銀行が自分たちの力を利用して市場の指標金利を操作しようとする試みはまさに自殺的行為としかいいようがありません。「この騒動を踏まえて英政府は、LIBORの設定方法を見直す委員会を設ける方針を表明」と今日の日経は報道していますが、金融機関の経営幹部の倫理観を叩き直さないかぎり問題の真の解決にはならないと思います。
【本文】
筆者は、今年の5月発行の雑誌「金融ジャーナル」に「金融機関のガバナンス~透明な経営の重要性について~」という小論を寄稿しましたが、そのなかで、「株主からの負託に加えて、金融機関の取締役は、自社のリスク・マネジメントの失敗が金融システム全体を危機に陥れることの無いように最善の努力をする義務を、株主以外のステーク・ホルダーである一般社会に対しても負っていると強く認識すべきである」と強く主張しました。しかし、今日7月4日の新聞各紙は、「バークレイズの金利不正操作」、「国内証券会社12社に公募増資を巡るインサイダー取引についての調査命令」、「サイゼリア、外資系証券にデリバティブ取引の損失168億円を賠償請求」と、金融機関が上記のような社会的自覚をもって経営していれば起こりようのないニュースを報じています。
この中でも、バークレイズ銀行のLIBOR(London Inter-Bank Offered Rate:ライボー)の金利不正操作という信じがたい疑惑は金融市場の信頼性を根幹から揺るがす行為です。ロンドンのインターバンク(銀行間)市場の資金取引の指標となるRIBORは、10の通貨について6~16の選ばれた有力銀行が午前11時の金利を英国銀行協会(BBA)に報告し、両端25%を除いた金利の平均値を計算して発表する金利です(実際はトムソン・ロイター社が集計・計算)。
この金利はユーロ市場の短期資金取引の指標金利であることに加え、社債発行市場、社債流通市場、金利スワップ市場、クレジット・デフォルト・スワップ市場での信用力を示すスプレッド、いわゆるライボー・スプレッドのベースとなる金利でもあります。したがって、この金利は金融市場においては、重さの国際基準である国際キログラム原器と同じくらい重要な指標となるものです。
重要な点は、ひとつの銀行だけでこの指標金利を操作することは相当に難しいということです。多くの通貨の場合10を超える銀行が金利を報告してそのうち両端の25%はカットされるわけですから複数の銀行が関与していないと現実的にはできない操作です。この点については今日の日経朝刊も米シティーグループ、JPモルガン・チェイス、英ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド、独ドイツ銀行などに操作が及んでいると報道しています。
RIBORをベース金利として取引されている金利スワップの世界の残高は40兆ドル超、クレジット・デフォルト・スワップは30兆ドル弱(いずれも2011年12月末ISDA統計)と巨額でこの金利の操作が及ぼす影響は途方もないものです。
世界の金融取引のインフラを担う国際的影響力を持つ銀行が自分たちの力を利用して市場の価格形成力を歪めようとする試みはまさに自殺的行為としかいいようがありません。「この騒動を踏まえて英政府は、LIBORの設定方法を見直す委員会を設ける方針を表明」と今日の日経は報道していますが、金融機関の経営幹部の倫理観を叩き直さないかぎり問題の真の解決にはならないと思います。
(文責:安田正敏)