株主利益を無視?―取締役は買付価格にして1.6倍 明らかに好条件の対抗提案を無視できるか

日本のM&Aに一石を投じる案件である。投資ファンドのアスパラントグループが和装のさが美の株式を、さが美の親会社であるユニー・ファミリーマートHDから56円で買い取るTOBを公表したのは8月17日。続く9月27日、こちらも投資ファンドのニューホライズンが、ユニー・ファミリーマートとに対して70円でさが美株式を買い取るという対抗提案を申し入れ、さらに30日には90円に引き上げている。買付価格にして1.6倍、この経済的には明らかに好条件の提案に対して、しかしながら、ユニーはいまだ沈黙を続けたままだ。

日本企業においては、企業価値の最大化が経営陣の第一義的な責務とは、必ずしも考えられてこなかった。ある意味、個人株主の経済的利益をおざなりにしてきたこの企業風土にメスを入れるのが、昨今のコンプライアンス改革である。

日本企業のコンプライアンス意識は果たして変わったのか。ニューホライズンの提案に対するユニー・ファミリーマートの対応は、その試金石となるだろう。事案を詳ししく見ていこう。

  • アスパラントグループによるTOBとニューホライズンによる対抗提案

ことの発端は2015年3月に遡る。このとき、ユニーとファミリーマートは経営統合に向けた協議をはじめていた。これが実現すれば、ユニーの子会社であるさが美はノンコア事業となる。さらに、生活様式の変化による呉服市場縮小の影響を受けて、さが美は業績の悪化にさいなまれていた。さが美の売上高は10年間で600億円から200億円にまで減少し、直近の5期は連続して赤字を計上していたのである。

ノンコア事業であるさが美の赤字体質を、親会社のユニー・ファミリーマートがいつまでも援助し続けることは難しい。ユニーとファミリーマートの経営統合がほぼ確実になった2015年9月、さが美は、ユニーから、新たなパートナーのもとでの本格的な事業立直しを求める意向を、突き付けられたのである。

そのパートナーとして名乗りを上げたのが、投資ファンドであるアスパラントグループであった。2016年7月中旬に買収に興味を示すや、1か月足らずでTOBを公表するという、異例の速さでの決断である。ユニー・ファミリーマートが保有するさが美の株式を56円で買い取るというアスパラントの提案は、さが美の直近1か月平均の株価80円に対して30%のディスカウントを迫るという、かなり厳しいものだった。さらに、ユニーのさが美に対する貸付債権34億円のうち18億円について債権放棄を求めるという。

そこに待ったをかけたのが、同じく和製投資ファンドのニューホライズンである。アスパラントによるTOB開始から遅れること1か月、9月27日に、同ファンドはユニー・ファミリーマートに対して1株70円という条件での買収を提案している。さらに、30日にはこれを90円に引き上げているのである。おまけに、さが美の5億円の資金調達に協力するという。

買付価格にして1.6倍、比べるまでもなく、経済的な観点からは、アスパラントに比べて明らかに好条件の提案である。ユニー・ファミリーマートの株主ないしさが美の少数株主の経済的利益に資する提案といってよいだろう。

ところが、より好条件の提案に対して、ユニー・ファミリーマートはいまだに答えを出さないまま、アスパラントのTOBの期限である10月11日が、刻々と近づこうとしているのだ。

  • 株主利益の最大化こそ経営陣のつとめ

日本においては、企業価値の最大化は、長らく経営陣の第一義的な責務とはされてこなかった。その種々の要因を紐解くことが本稿の目的ではない。だが、少なくとも、大手メガバンクや証券会社などが敵対的買収に象徴される対抗ビットの案件に関わることを避ける傾向にあったこと、また、個人株主自体も「ハゲタカ」と称される海外投資ファンドによる買収に対しては乗り気ではなくTOBの応募も集まらなかったことは、いえるだろう。スティールパートナーズやサーベラスといった海外投資ファンドが、日本での投資に失敗して撤退していったことは、記憶に新しい。その結果、日本においては、保身に終始する経営陣が、企業価値の最大化を疎かにしているのではないかと、批判されてきたのである。

しかし、時代は変わった。国際競争力を高めるという安倍政権の狙いのもと、2015年6月に適用されたコンプライアンス・コードは、株主の権利を重視して経営陣の株主に対する説明責任を明確にする。思えば2006年に、北越製紙に対して敵対的買収を試みる王子製紙に野村証券がついて、業界を驚かせた頃から、変革の萌芽は表れていたのかもしれない。(念のため、付言しておくが、本件のニューホライズンによる提案は敵対的買収には当たらない。)

明らかに好条件の対抗提案に対してユニー・ファミリーマートやさが美はどう反応するか、そしてそれを自らの株主にどう説明するか、そして株主つまり個人投資家たちはそれに対してどう反応するか。

決して大型M&Aではない本件、しかし、この案件は日本のM&A業界に大きな波紋を及ぼすかもしれない。少なくとも、日本の今後のM&A、企業のコンプライアンスを占う試金石となるべき要素が本件には詰まっている。アスパラントによるTOBが終わるのは10月11日、本件の行方から目が離せない。

スティーブン・ギブンズ(外国法事務弁護士)

山 口 真 由

 

なお、両著者はかつてニューホライズンより依頼を受け、別の案件に関してアドバイスをしたことがある。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください