「企業統治、何が足りないか(中) 経営人材育つ人事・評価を」(日経経済教室)

今日掲載された、ニコラス・ベネシュの記事です。

「ポイント
○企業統治改革は実績求められる新段階に
○外部のプロ人材を生かす仕組みも乏しく
○取締役会の監督機能強化には研修カギに 」 その他

抜粋:「しかし、監督と執行が分離していない従来型の「マネジメントボード」で育った取締役は、必ずしもこの変化を十分に理解していない。権限の委譲を進めようとしている企業でも、モニタリングボードのあるべき姿や議題内容を模索しているのが現状だ。取締役会がモニタリングボードを目指すと宣言しても、社外取締役から業務に関する細かい質問が続くようだと、大所高所から長期的な課題を議論する時間がなくなる。

松下幸之助の言葉

今から40年前、50年前に松下幸之助が語ったコーポレートガバナンスとスチュワードシップの考えが、今注目されています。昨年月刊誌『Voice』で松下幸之助の「株式の大衆化で新たな繁栄を」と題する文章が紹介されました。 同氏の『実践経営哲学』からの引用と併せて紹介します。

曰く、株式会社は、社長や重役のものではなく、 株主のものであると同時に、社会の「公器」でもある。 決算期ごとに株主総会で業績を報告し、業績が良いモノは 株主から称賛とねぎらいの言葉を頂戴する。 充分な成果が上がらなかった時には、 謹んでお叱りを被る。これが、本来の姿であり、 株主は経営者の御主人である事を決して忘れてはならない。 株主は短期的な売買姿勢をとらず、むしろ「主人公」として毅然とした態度を保つ事が大事である。 単に株式を保有して配当を受け取るだけでなく、株主としての権威、見識をもって 経営者を叱咤激励する事も望ましい。(BDTIによる要約。以下は各出典本文から引用。)

2019.01.29 会社役員育成機構(BDTI)同時通訳付セミナー『ACGA代表ジェミー・アレン講演:新たなステージに入った 日本のガバナンス政策と求められる企業の対応』

アジア・コーポレート・ガバナンス協会(ACGA)は、2018年12月初めに隔年で公表しているアジア地域のCGレポート『CG Watch』の最新版をCLSAの協力により出版しました。『Hard Decisions: Asia faces tough choices in CG reform Hard Decisions: Asia faces tough choices in CG reform(難しい決断:アジアが直面するCG改革の選択)』と題する本調査レポートでは、アジア太平洋地域の12の主要市場をカバーしています。日本は、前回の4位から7位と順位を落としました。

そこで、本セミナーでは、ACGA事務局長のジェミー・アレン氏をお迎えして、調査結果を導くに至ったプロセスと共に、今回の調査で日本が7位となった背景について、日本のコーポレート・ガバナンスは多くの改善点がみられ、必ずしも「後退」を意味しているわけではないものの、(CGコードやスチュワードシップ・コードなど)プリンシプル・ベースの「ソフトロー」ではなく、(例えば、買収ルール、第三者割当、共同エンゲージメント・ルールに関する)「ハードロー」つまり法制度面の規制改革の必要性が高まっている点について詳細に説明していただきます。さらに、企業、投資家、その他のステークホルダーが文化や慣習を今後どのように改善していくのか、ACGAの視点からその方法論を示唆すると共に、タイムリーな話題である少数株主保護といった課題にも触れていただきます。

続くパネルディスカッションでは、経済産業省産業組織課長の坂本里和氏、ユーソニアン・インベストメンツLLCのリサーチ・アナリスト菊地史絵氏、企業年金連合会 年金運用部コーポレートガバナンス担当部長/ヘッジファンド投資担当部長でBDTI理事の北後 健一郎、BDTI代表理事のニコラス・ベネシュも加わり、アレン氏あるいはACGAが提起した問題点について、様々な視点で意見交換していきたいと思います。

CFOを始めとする財務担当者、IR担当者のみならず、取締役会メンバーやこれを支える方、コーポレート・ガバナンスにご関心のある方、投資家サイドのアナリストの皆様にも広く積極的にご参加いただきたいセミナーです。

ACGAは、1999年に香港で創設された会員制の独立系非営利団体で、アジアのコーポレート・ガバナンスの向上を目指し、調査・研究・啓蒙活動をしています。その会員には世界的機関投資家、上場企業、保険会社、金融機関、学術団体、教育機関を含め110以上の優良企業、組織が含まれます。AGCAの会員が世界で運用する純資産残高は30兆ドル超に上ります。https://www.acga-asia.org/

ガバナンス改善に不可欠である役員研修をエンゲージメントで提案する方法

独立取締役が期待される役割を果たすためには、役員研修が最も必要なものである

2013年に政府自民党にコーポレートガバナンス・コードの導入を提唱した際、最も重要な課題の一つが役員と役員・役員候補者の研修の項目を含める事でした。日本企業の平均的な取締役会のメンバーになった経験がある人にとって研修の必要性は一目瞭然でしょう。なぜなら、日本では独立社外取締役の数が増えたとはいえ現状まだまだ取締役会の中で少数派であり、独立取締役が本来求められている役割を果たし、実効性のある取締役会とするためには、業務執行取締役と社外取締役がお互いの役割についての意見調整することが不可欠ですが、両者の議論がかみ合うための共通の土台となる役員としての基本的な知識やスキルが取締役に不足している場合が多いからです。(また、社外取締役の数が増えるに伴って、複数になった社外取締役間にも「役割・重点」などについて意見調整が必要になってきています。)

必要な知識や視点を共有していないと、最も重要な課題についての分析や議論さえもしないこともあります。例えば、個人的な経験から、技術畑出身でファイナンスが良く分からない人には、自社が2年以内に簡単に倒産する可能性があることを理解してもらうことは容易ではありません。残念ながら「ジェネラル・マネージャー」としてではなく、(頻繁にみられるケースですが)業務分野の縦割り構造の階段を上がってきた多くの日本人経営者は、ファイアンス、投資分析、戦略、株式市場、コーポレート・ガバナンスのベストプラクティスなどの「時代が要請する」レベルの知識を持ち合わせていません。豊富な現場経験と自分の組織のことは知っていても、殆どの人はMBA保持者ではなく、経営者や役員として持つべき基本的なスキルセットの多くが不足しています。彼らの知識は特定の分野に限られており、グローバル企業で期待されているレベルのものではありません。(上述は、英語が堪能だとか海外経験が豊富だという事を念頭に置いているわけではありません。これらを含めるとこの問題はさらに大きくなります。)

ICGN、独立委員会の設置、役員研修等への注力を要望

ICGN(国際コーポレートガバナンス・ネットワーク)は、11月27日に開催された金融庁の「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」(第16回)に提出した意見書の中で、独立取締役、独立委員会の設置、役員研修、役員のスキル・マトリックスの活用、資本配分、情報開示、その他BDTIが2009年の創立以来その対応を訴求し続けている課題について、その重要性を説いています。

ケリー・ワリング同事務局長は、下記の様に述べています。

「 ICGN は、日本で独立取締役のための質の高い研修を導入することを推奨します。これにより特に経営陣の監視・監督と情報開示という取締役に求められる役割についての理解を深めることができます。これによりビジネス上の課題や一連のビジョン、ミッション、戦略に対する客観的な意思決定過程を確保する一助となるでしょう。また、資本の効率的活用、株式の持ち合い、CEOの選解任といった課題について独立取締役として時に経営陣と対等に対峙できるように「フィナンシャル・リテラシー」(財務・会計の基礎知識)の必要性も強調しています。」(BDTI抄訳)

ボードポータル活用状況から見えてくる日米企業の差

1990年代のワールドコム、エンロンにおける不正事件は、アメリカの企業に大きなマインドシフトをもたらした。 コーポレートガバナンスにおける米政府の新たな規制に加え企業株主からの要望という外部からのプレッシャーに応じる形で米企業は様々なコーポレートガバナンス強化のための取り組みを行ってきた。

その中でも大きな項目のひとつとして会議資料の管理がある。

取締役会、その他理事会や管理職が行う会議資料の取り扱いについて、どの企業も従来の紙やメールでの配布といった体制を改め、セキュリティ管理を 強化した。

企業の上層部が出席する会議は当然、企業の重要な機密事項が含まれており、そのような資料が何らかの理由で社外へ流出し情報漏洩となった際には、株主や顧客に多大な迷惑をかけることとなり、企業にとっても莫大な損失となるからだ。

その頃よりボードポータルと呼ばれる会議資料共有のためのソフトウェアがいくつかのプロバイダより開発され瞬く間に多くの企業で使われることとなった。ちょうどアップル社より初代iPadが発売されたタイミングでもあり、多くのエグゼクティブがボードポータルをタブレットで利用し始め、更に広く普及することとなった。

ボードポータルという言葉は、日本ではまだあまり馴染みがなくペーパーレス会議システムと呼んだ方がイメージし易いかもしれない。しかし、ボードポータルとペーパーレス会議システムとの大きな違いは、最先端のセキュリティ技術で守られたクラウド環境で会議資料を安全に共有し、参加メンバーによって資料のアクセス権を細かく設定でき、訂正や更新も簡単かつタイムリーに行えるだけではなく、議決、評決、そして電子署名のプロセスを自動化できる点である。

イビデン株式会社 - スキルマトリックス開示の例!

やっとやっとスキルマトリックス!!引用します。「取締役も含んだ開示が必要」by 黒田一賢様。(イビデンのスキルマトリックスは株主総会招集通知のページ10にあります。

「2017年に主要な日本企業でスキルマトリックスの開示が始まってから、質・量ともに充実してきています。量については別投稿で詳しく紹介したいと考えていますので、本稿では質について述べていきます。最初に公表を開始した企業はCGSガイドラインに準拠して、主に社外取締役のスキルセットについて紹介していました。しかし前回述べた通り、取締役会の実効性向上を目的として社外取締役を指名するには、社内昇格の取締役のスキルをまず棚卸しなければ効果的とは言えません。すなわち1)取締役会が保有すべきスキルを特定し、2)現在の取締役においてスキルの過不足を判断し、3)特に過剰または不足するスキルについては社内外の取締役の選解任によって調整を図る必要があります。それに一早く気づいた企業は社内昇格取締役も含んだスキルマトリックスを公表しています。
このような企業の1社にイビデンがあります。同社の2016年の株主総会招集通知には取締役候補の在任期間や担当職務、取締役会の出席状況が示されているのみでした。2017年には「社外取締役候補者の知見・経験一覧」として社外取締役候補者6名の専門性や外形的な多様性の開示を始め、2018年には社内・社外取締役候補者全12名のスキルマトリックスを公表しました。、、、」

COMEMO:「スキルのポータビリティが求められる時代へ」

「企業は現職の取締役が保有する資質・背景を棚卸をした上で、社外取締役のジョブディスクリプション(job description、職務明細書)を準備する必要があります。一方、社外取締役候補者となるにはジョブディスクリプションに見合う資質・背景を持っていることを示す必要があり、それは現職を離れても通じる、すなわちスキルのポータビリティも含みます。

「ライブドア事件とは何だったのか」(ニコラス・ベネシュ)

日本経済新聞オンライン版に、10月1日、「ライブドア事件とは何だったのか」というコラムが掲載されました。スキャンダル後の独立社外取締役として、金商法訴訟に対する防衛戦略の担当役員を務めた私としては、「事件は何だったか」についてコメントしたい見解が多々あります。

1)虚偽記載は確かにあったが、特捜部の劇場型捜査はやりすぎだった。家宅捜査を始めた時点では何を探しているか分からなかった。(普通なら、捜査開始前にNHKを呼んでいる場合ではなかった。)

2)他の不正事件事例と比較し、捜査のやり方および個人が受けた処罰には不公平さの印象(事実)が残った。

3)結果、日本の若者の起業家精神、新しいことへの挑戦する野心、「おじさん」が支配する社会・システムに対する信頼に冷や水を浴びせた。LDは上手に経営され、整合性がある「戦略」を持つ企業ではなかったが、若者にとっては「我々も会社を作って、面白いことができる!」象徴的な存在だった。

4)事件は、TSEに自社コンピューターのキャパシティー増設を加速させた。(事件当時、LDの発行済み株式総数は全上場企業の株式総数の何と30%以上だった。(!!))

また、

5)私が当時主張したように、即座に上場廃止されず猶予期間をもたせるための「特設注意市場」が設けられた。(これは明らかにLD事件の反省にたって、東証にて2007年11月に設立された制度。)

6)金商法の新しい条文であった21条の2の初めての適用として日本の金商法解釈にとって歴史的に重要な判例がでた事件だった。同条文は民間原告による(民事)訴訟が大幅に楽になっただけではなく、被告企業に立証責任を転嫁する(米国に存在しない)とても厳しい法律である。したがって、当時、私は訴訟の防衛・反証を「因果関係」で争うために多数の経済学者、アナリスト、内外の法学者など(10社?)を集めてありとあらゆる手段をとった。事件は、数年前の法改正で厳しさが緩和され、strict liabilityから「過失責任」にかわる原因の一つだった。

この経験を踏まえて、

7)私は役員研修に特化する「公益社団法人会社役員育成機構(BDTI)」を設立した。

私は堀江さんに会った事はないが、同氏が事件後に少なくとも日本では「回復」して活躍されている事実は若者にとって失敗から立ち直るチャンスはあるという事例として、最終的にはプラスの面もあったのではないかという気がしています。
–ニコラス・ベネシュ