企業文化は戦略に勝る ~変革の時代における「企業文化への取組み」の薦め~

執筆者 渡辺 樹一

マネジメントの父、ピーター・ドラッカーの「企業文化は戦略に勝る(Culture eats strategy for breakfast)」という言葉はよく知られています。また、経営学者のマイケル・ポーターは著書「競争の戦略」において、「戦略とは、独自の地位、競合よりも優位なポジション、そして持続的な発展、持続的な競争優位を構築するためのフレームである」旨を述べています。

「企業とは人であり、その知識、能力、絆である」、これもドラッカーの言葉ですが、経営者の戦略を実現するのは社員であり、企業文化の醸成や変革にいかに取り組んでいくかは企業の未来を左右します。本稿では、従来、企業経営では焦点が当てられてこなかった「企業文化」に光を当て、企業文化への取組みを行う意義と手法等をテーマにお話させていただきます。

1.今、企業が企業文化に取り組むべき理由

「組織文化」は「組織においてその構成員が共有する価値観・行動様式」を言い、それは個々の構成員の実際の具体的な行動と組織環境・組織風土にあらわれます。「企業文化」は企業内の組織毎に存する組織文化の集合体ですが、企業が企業文化に取組む場合、最初の障壁となるのは、企業文化そのものを担当する部門を持たないことです。企業文化から染み出てくる「従業員のコンプライアンス意識」は法務部等のコンプライアンス部門、企業文化から生み出される「従業員のエンゲージメント」は人事部門が担当し、企業文化から創り出される従業員の業務遂行上のビヘイビア(行動)は内部監査部門が業務監査としてチェックしていますが、これら3つのアプローチは、いずれも企業文化そのものに直接踏み込むものではありません。この障壁を解決するのが、企業文化への直接的アプローチである「組織診断に基づく組織開発」ですが、そのお話は後半とし、前半では、「今、なぜ企業が企業文化に取り組むべきなのか」について、「企業価値の向上」、「企業価値の棄損防止」、「企業風土の形成要素」という3つの視点から考察したいと思います。

1-1 企業価値向上の視点

図表1は、企業文化の重要性について上場企業を対象としたコーポレートガバナンスコードから導かれるものです。現在、企業経営における企業文化の重要性が急激に高まっています。①コロナ禍での組織開発の必要性や②ESG経営や第4次産業革命(DX)が叫ばれる中での、目指すべきビジネスモデル、経営戦略と保有人材、人材戦略の乖離の拡大という2つの経営環境の変化に加え、③コーポレートガバナンスコード(以下「CGC」)における多様性のある人材確保についての開示により、上場会社の経営者は、自社の人材や人材戦略自体が経営戦略の可能性を広げるということをあらためて認識し、「人材戦略と経営戦略を同期させるプロセスを通じて、中長期的な企業価値の向上に努めよう」との志向に誘われつつあります。

これら①~③の経営者ニーズを実現させるのが、グローバルな成長を牽引できる経営人材の育成や確保、イノベーションの創出をリードする多様な人材の育成、発掘や確保、そして既存のオペレーション人材の機能・能力強化等の人材戦略ということとなりますが、そのような人的資本を自社に受け入れ、育て、活性化させることができる適切な企業風土がなければ、組織体に生まれる成果は限定的なものとなってしまいます。企業は自社の経営戦略に沿った人材戦略を立てると同時に、自社にとって適切な企業風土とは何かをあらためて明確化し、現状の企業風土を把握し、それらの間に存在し得る乖離を解消する方策を講じるべきであると考えます。

CGCの基本原則2の後段にて謳われている「取締役会・経営陣による企業文化・風土の醸成に向けてのリーダーシップの発揮」は中小企業に適用されるものではありませんが、制定の背景に「日本企業の『稼ぐ力』を取戻す(=中長期的な収益性、生産性を高める)こと」があり、CGCを活用することには十分な価値があります。

1-2 企業価値棄損の視点

健全な企業風土の醸成が企業価値の毀損防止という側面からも重要であることは言うまでもありません。実際、従業員不正の背景的な原因として不健全な企業風土が多くの事例で指摘され、それが組織の生産性の低下や不正の早期発見を困難にしている事実があります。図表2は、直近9年間に上場会社から公開された、従業員不正について分析結果ですが、半数近くの事例で「問題のある組織風土」が指摘されています。その過半を占める「風通しの悪い組織風土」の中身は、総じて、①モノが言えず自由に議論ができない、②問題解決に向けて社内で協力し合うことができない、③問題点が経営陣に伝わらない、といったものです。これらのうち①と②の風土は、不正の温床となるばかりか、組織の生産性の低下を招きます。また、③の風土は経営者が知らないところで不正が長期間継続される組織環境であり、会社資産の流出や機会利益の喪失という大きな損失を会社に与えることとなります。これでは「組織の目標達成を阻害するリスク」も、また、収益の拡大に繋がる「ビジネス機会」も社内で共有されることは難しくなります。

1-3 企業風土の形成要素の視点

1-3-1 統制可能な形成要素

今、企業が企業文化に取り組むべき理由は他にもあります。それは、企業風土の形成要素のうち企業が能動的に統制可能な要素を知り、それらの実態を把握して課題があればそれらに的確に対応することにより、企業価値の向上を実現する企業風土醸成の加速化が容易になるという理由です。

図表3と図表4は、組織運営上のどのような要素が企業風土を作り出し、企業経営にどのような影響を与えているのかについて図解したものです。これらのうち企業が能動的に統制可能な要素である太枠で囲った1,3,5について以下解説します。

初めに1についてですが、「経営理念は立派だが組織に根付かず、形式だけが整えられている」、「組織創設の理念とかけ離れた行動が現場で横行している」、そういった現象は、不祥事を起こした企業でよく見られます。これは、「企業全体及び各組織における行動文化の実態を把握し、会社の経営理念や行動指針との間に乖離がないかどうかを確認し、問題が存在する場合にその原因を明らかにすることには大きな意義がある」ことを示唆するものです。乖離した行動文化が醸成されてしまう主たる要因として図にある3つが指摘されています。

先ず(1)の「明示的な倫理・行動基準の有無」です。社員の行動の拠所となる行動基準については、社会からの期待や社会的要請を満たす基準も含めてできる限り明確化し、経営者が社員に期待する行動とそれに違背する行動とを観察可能な行動として明示することが理想的です。これらの不明確さが企業不祥事の発生を招いた事例は多いです。次に(2)の「数値目標達成へのプレッシャーの合理性」ですが、数値目標達成への合理的なプレッシャーが社員のアカウンタビリティを醸成する一方で、数値目標達成への過度なプレッシャーは経営理念や行動指針に反する行為を誘発させます。「こんな不条理な数字を押し付けられるのならば数字を作るしかない。悪いのは会社であり、私ではない。」といった心理です。最後に(3)の「業界や組織の慣行」ですが、業界や組織の慣行を旧来のまま引きずっている企業においては、往々にして説明責任の制度化を阻む企業文化があり、それは上層部への責任転嫁を容易にし、権限行使についての説明責任が問われないような企業文化を誘発することに繋がります。それに対して、業界の慣行に関わらず自社の適切な組織慣行を経営トップの方針として明確化している企業には、ジョイントアカウンタビリティー(各社員のエンゲージメントが組織で共有され、組織体として行動しようとする責任意識)が根付きます。これら3つの要素の良しあしにより、図にありますように、企業価値の向上に向かうのか、不正の誘発等により企業価値の毀損に向かうのかという方向性が定まると言えましょう。

次に3の「下層文化」ですが、管理職は上層、下層を問わず、自らの影響力が及ぶ範囲で組織文化を作ることがあり、それがその組織体や企業全体の文化と相いれない場合、様々な問題を発生させることとなります。管理職研修等により啓発されるハラスメントの防止などもその一環として行われているわけです。

最後に5の「役員間のコミュニケーション」です。経営上層部の役員が双方向、縦横無尽にコミュニケーションを深め、経営チームとして共創力を高めている状況は、企業価値向上を大幅に加速化させる可能性を高め、配下の組織文化・風土に多くのポジティブな影響を与えます。健全な企業風土の醸成のために経営者が認識すべき非常に大切なポイントであり、また、取締役会や監査役の監督、監査対象ともなりうる重要な項目です。

1-3-2 統制が難しい形成要素

図表4、2の「組織毎の異なる文化」は「組織文化は局所的な現象でもあり、地域や支店、部門、特定の場所で異なり得る」という問題、また4の「組織体の拡張」は「企業体として築き上げた行動文化が、海外事業展開やM&A等により希薄化され、グループとしての本来のシナジーの発揮や企業体としての効率性に悪影響を与える場合がある」という問題であり、どちらも統制は非常に難しいです。これらは、いわゆる「組織の閉鎖性」の問題として、企業は起こり得る弊害を克服しなければなりません。

「組織の閉鎖性の弊害」という言葉をご存じでしょうか。「経営効率の観点から、組織の細分化、専門化は不可欠ですが、細分化、専門家された組織への権限移譲の仕方によっては大きな問題を発生させることがある」というのが「組織の閉鎖性の弊害」です。図表5をご覧ください。組織の閉鎖性の弊害を①~④まで4つ記載いたしました。①や②のレベルならばまだしも、深刻度が増した段階の③と④は経営者にとっては是が非でも避けたい現象です。表の右側にどのような弊害があるのかを例示致しましたが、企業価値の毀損に繋がる弊害だけではなく、「イノベーティブな共創力を失う」、「企業体としての全体最適を失う」、「部門間シナジーを作り出すことができない」、「ビジネスの機会を逃す」は、企業価値の向上にネガティブに影響するものでもあり、企業はこれらの弊害を組織間の連携と組織内の良好なコミュニケーション等により克服してゆかなければなりません。

 

2.企業文化への取組みの手法

2-1 自社の実態、課題の把握

「企業文化は目に見えない」と言われることがありますが、企業文化を「組織の在り方」として捉え、自社が求める「組織の在り方」を具体的な設問に落とし込んで役職員に問い、自社の企業文化の実態である企業風土として定量的に評価し、課題を把握することは可能です。

図表6は、企業不祥事事例を基に左側に「企業価値が毀損する組織」を、右側に対比する形で「企業価値が向上する組織」をベンチマークの一例としてまとめたものです。「従業員は、自らの意思で現実を見つめ、課題に当事者として取組み、課題の解決や組織の目標の達成に向けて主体的に行動しようとする高い意識を持っている」、「ビジネスの機会やビジネスリスクが上層部に迅速に伝わる」、「従業員の多様性を束ねて機能的に統合し、合理的な共通の目標を実現させようとするマネジメントができる」、「自部署の方針を尊重しつつ、全体最適からも物事を考え、提言することができる」などです。共有する価値観は企業理念の共有と実践に基づく自発性と自律性のパラダイムであり、正にイノベーティブで機動性、生産性の高い組織と言えるのではないでしょうか。

なお、企業文化を「組織の在り方」として見える化することを「組織診断」と言います。目標とする「組織の在り方」の構成については、例えば図表5の6つの要素に、1-3-1 で述べた、企業が統制可能な3つの要素を組織の在り方に転換した組織、即ち、「下層文化が同化された組織」、「行動準則と実際の行動文化が同化された組織」、「執行役員間の良好なコミュニケーションがある組織」を加えた9つの要素とすることが考えられます。

2-2組織開発のステップ

組織文化の見える化のイメージ例と組織開発のステップを図表7にまとめました。各「組織の在り方」についての診断結果をレーダーチャート化し、組織毎に、また企業体全体として把握し、課題を抽出、施策を「近未来創り」として講じるというものであり、留意点は以下の通りです。

先ず、診断のための設問については、質と精度の高い設問群を設定することです。例えば「高い責任意識を育む組織」では、「自部署が向かう方向性、達成すべき基準は明確になっている」、「それらの方向性の中で、自分に期待される役割は明確でありそれを理解している」、「業務に必要な技術やノウハウは上司から充分に与えられ、指導されている」などです。

次に、「人事考課制度の見直し(共創マインド・共創プロセスの奨励と評価)」などを含めた組織開発の施策は必ず経営者が決めるようにすることです。CGCに記載の如く、企業文化の醸成のリーダーシップをとるのは経営者の役割ですし、施策の実効性は経営者のスポンサーシップがあってこそ実現するものだからです。

最後になりますが、企業文化は企業価値の原動力であり、健全な企業文化が定着すれば企業戦略は容易に浸透します。今こそ、組織に存在し得る隠れた課題を発見してそれらへの施策を求め、よりイノベーティブで生産性の高い企業文化の醸成を行うべきではないでしょうか。

執筆者プロフィール

渡辺 樹一
一般社団法人GBL研究所理事
米国公認会計士、公認不正検査士
1979年一橋大学法学部卒。伊藤忠商事その他企業を経て、現在は、弁護士法人御園総合法律事務所顧問、合同会社御園総合アドバイザリー 顧問、東証1部の社外取締役などを務める。上場支援や内部統制の構築、組織診断手法の開発、講演、執筆、役員研修、幹部研修等多数。最近の執筆:「企業のための役員職務・処遇関係ハンドブック」(第一法規)、弁護士ドットコム、内部監査ドットコム他。

 

 

 

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