ゴーン氏の刑事事件が進行している。刑事事件だけではことは終わらない。日産が投資家から民事事件を提起されるのは、時間の問題である。ゴーン氏の報酬過少記載に起因して、日産からはかなりの資産が流出すると見込まれる。資産流出の一番大きな部分を占めるのは、投資家が提起する損害賠償請求訴訟であろう。一体いくらの資産流出となるのか、計算を試みた。投資家からの請求に利用される条文の中心となるのは、金融商品取引法21条の2第2項である。この条文は、立証責任を被告に転換し、公表日の前1ヶ月間の株価平均と、公表日の後1ヶ月間の株価平均を計算し、その差分を損害であると推定する。
この第2項は、原告にとってとても頼りになる条文である。この条文に沿って、一体いくらの損害が推定されるのか、計算してみよう。公表日をゴーン氏が逮捕された2018年11月19日に設定した。同じ日に、ゴーン氏の報酬額が過少に記載され、有価証券報告書に虚偽記載があることが、広く報道された。ライブドア事件でも、社長逮捕日が公表日と設定された。
公表日を分水嶺にして、前後1ヶ月間、日産の株価の推移は、次の通りである。これによれば、1株あたりの推定される損害額は53.11円となる。
計算に必要な、残る数字は、公表日前1年間に投資家が購入した株式数、公表日に投資家がまだ保有している株式数である。これは、原告が提訴した後に、購入や保有の事実を立証するまでは、不明である。試算のためには、一定の仮定を設定するしかない。そこで、私は、2017年11月から2018年10月までの1年間の出来高に、一定の仮定を設定することとした。すなわち、購入した投資家の半数が公表日まで保有を継続すること、公表日まで保有を継続した者のうち半数が訴訟を提起すること、である。
これらの仮定によれば、460億円と算出された。投資家から提起される損害賠償請求訴訟により、日産から460億円が流出すると予想するべきである。投資家は、21条の2以外の条文も合わせて請求してくるから、請求金額合計はもっと高額となるだろう。投資家は、ゴーン氏や他の取締役、監査役を被告として訴訟提起することも可能である。しかし、その場合、21条の2ほどに強力な条文はないから、日産相手に提訴する方が、より簡便である。
以下は参考情報である。オリンパス事件について、上記と同様の仮定を置いて計算すると、推定額624億円となった。ただし、オリンパスは公表日直前にCEOが解任されているため、特別な配慮を加えた。実際に投資家からの請求された金額の合計は、860億円であったと報道された。また報道によれば、一連の訴訟は2018年12月に全て終わり、合計450億円の和解金支払が確認された。
東芝の場合に、上記と同様の仮定で計算をすると、940億円となった。ただし、東芝では公表日の候補日が複数存在する。東芝は、2017年12月現在、投資家から約1730億円の提訴がなされていると発表している。
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市川佐知子:田辺総合法律事務所パートナー。弁護士(日本・NY)。公認会計士(US)。複数の有価証券報告書虚偽記載事件を担当し、訴訟における争点や損害額立証の議論に詳しい。この知見を元に、企業や役員の開示責任についてアドバイスを行う。