1990年代のワールドコム、エンロンにおける不正事件は、アメリカの企業に大きなマインドシフトをもたらした。コーポレートガバナンスにおける米政府の新たな規制に加え企業株主からの要望という外部からのプレッシャーに応じる形で米企業は様々なコーポレートガバナンス強化のための取り組みを行ってきた。
その中でも大きな項目のひとつとして会議資料の管理がある。
取締役会、その他理事会や管理職が行う会議資料の取り扱いについて、どの企業も従来の紙やメールでの配布といった体制を改め、セキュリティ管理を強化した。
企業の上層部が出席する会議は当然、企業の重要な機密事項が含まれており、そのような資料が何らかの理由で社外へ流出し情報漏洩となった際には、株主や顧客に多大な迷惑をかけることとなり、企業にとっても莫大な損失となるからだ。
その頃よりボードポータルと呼ばれる会議資料共有のためのソフトウェアがいくつかのプロバイダより開発され瞬く間に多くの企業で使われることとなった。ちょうどアップル社より初代iPadが発売されたタイミングでもあり、多くのエグゼクティブがボードポータルをタブレットで利用し始め、更に広く普及することとなった。
ボードポータルという言葉は、日本ではまだあまり馴染みがなくペーパーレス会議システムと呼んだ方がイメージし易いかもしれない。しかし、ボードポータルとペーパーレス会議システムとの大きな違いは、最先端のセキュリティ技術で守られたクラウド環境で会議資料を安全に共有し、参加メンバーによって資料のアクセス権を細かく設定でき、訂正や更新も簡単かつタイムリーに行えるだけではなく、議決、評決、そして電子署名のプロセスを自動化できる点である。
ボードポータルの代表的製品であるNasdaq Boardvantageは、一つのソフトウェアで取締役会、理事会、部門長向けなど複数の会議を同時に管理することが可能で、容量無制限のクラウド環境へ資料の一括アップロードにも対応している。
参加メンバーは自身のノートPCやタブレットで会議招集と共に配布された資料に事前に目を通すことができる。資料の訂正や更新は自動的に反映されるため、会議運営者側も資料の擦り直しやバージョン管理業務などの無駄な作業に追われることなく、貴重な時間を節約できる。会議メンバーは資料への書き込みも行うことができ、またメモ機能を利用して他のメンバーとコミュニケーションを取ることも可能だ。また出張の多いエグゼクティブがリモートで承認が必要な書類を処理したり署名を行うことで、モバイル技術を最大限活用して経営のスピードを益々加速させている。
この様にコーポレートガバナンスという株主や顧客から企業が評価される上での重要な要素に投資しているだけでなく、IoTの活用で業務を徹底的に効率化するところが米国企業らしい取り組みと言える。
翻って日本企業におけるコーポレートガバナンスの意識は従来に比べ高くなりつつあるものの、米国との差を考えると10年は遅れていると言わざるを得ない。私が会う多くのクライアントの会議運営者は今も大量の紙を印刷し会議準備に多大な労力と時間を費やしている。
紙には印刷しないものの、資料をメールで配布する、またイントラネットの共有フォルダや安価なクラウドストレージで管理している例も多く見られた。このような配布方法は、誤送信や不正アクセスといったリスクが高い。
日本ネットワークセキュリティ協会(JNSA)による2017年情報セキュリティインシデントに関する調査報告書によると、情報漏洩の原因として誤操作と紛失・置き忘れの合計が全体の約47%を占めている。更に漏洩媒体・経路としては紙媒体が約39%と断トツの一位である。
会議資料作成者も度重なる資料の手直しを繰り返し、メールで関係者と共有している内にどのバージョンが最新のものか分からなくなり、混乱を正すことに無駄な時間を費やすというケースもいくつか見られた。
また、クライアントの中には過去にシステムの導入を検討したものの会議メンバーのITリテラシーを考慮して諦めたという話もあった。
働き方改革やコーポレートガバナンスの取り組みは様々ではあるが、基本的な情報管理がこのレベルというのはコーポレートガバナンスという本題に入る前に残念な状況というのが率直な感想である。
今やどの国においても企業は世界との繋がりを避けては成り立たず、企業の在り方も益々グローバル標準であることが求められる。IDC Japanによる「働き方の未来(Future of Work)」の進行状況に関する日本とApeJ(日本を除くアジア太平洋地域)の比較結果によると最新のIT技術を活用した職場の変革を展開済み、または展開中と回答した企業は、日本では3割だったのに対しApeJは6割とアジア地域においても日本の改革への遅れが目立つ結果が見られた。
IT活用による効果的な情報共有と管理、議決などの意思決定スピードの強化、そして労働環境の改善による生産性向上といった多くの日本企業に足りない要素をボードポータルの活用から補って欲しいと切に願う次第である。