法と経済のジャーナル: 「コーポレートガバナンス・コードが効果を発揮するために」

当法人の代表理事のニコラス・ベネシュはコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)のあり方を議論する有識者会議へのインプットとして、法と経済のジャーナルに寄稿しました。寄稿具体的なコード内容についての提案となっています。 

http://judiciary.asahi.com/fukabori/2014102500001.html

(冒頭の一部)–> 「筆者は長年、日本企業の役員を務め、現在は社内外役員の研修を提供する組織である公益財団法人会社役員育成機構(BDTI)の代表理事に就いている。これまで社外役員や投資銀行家など様々な立場から日本の企業統治の問題に関わり、提言してきた。2014年1月27日には、本ウェブサイト「法と経済のジャーナル Asahi Judiciary」で金融庁主導の「コーポレート・ガバナンス・コード」制定を提唱した。2月6日には自民党の日本経済再生本部・金融調査会に呼ばれ、同提唱を説明する機会を得た。そのような私から見て、政府が成長戦略の一環としてこの問題に取り組んでいることは、非常に心強いことだと思っている。しかし、政治的な思惑から有識者会議の回数は限られており、どこまで議論を深められるか不安に思う部分もある。もし具体性に欠けるコードとなってしまった場合には、株式市場に評価されない形式論で終わってしまうことも懸念される。本稿では、本コードをよりよいものにするために、国際的に見て具体的なレベルでどのような記述が求められているか、筆者なりの考えを述べてみたい。

さて本コードの策定に当たり、成長戦略では、「『OECDコーポレートガバナンス原則』を踏まえ、我が国企業の実情等にも沿い、国際的にも評価が得られるものとする」とされている。有識者会議の議論を聞いていると、特に企業側の論者からこの「実情」という言葉を取り上げて「実情を踏まえ、現場の理解を得られるものを」との主張があるようだ。もちろんせっかくコードを作る以上、現場に浸透するものでなければならない。既存の監査役をうまく活用していくことも重要だろう。しかし、「実情」とは「現状維持」のことではない。むしろ「実情」とは、日本企業がこの20年間、「選択と集中」や「新規事業への進出」を行うことができず、「稼ぐ力」を失ってきたという、改訂版成長戦略が指摘したその現実のことを意味していると考えるべきではないだろうか。
そうだとするならば、有識者会議の役割は、何が日本企業の再編と生産性が高い新規投資を妨げてきたのか、その「実情」を共有し、事実に基づいてこれからのベスト・プラクティスを探ってゆくことにあるはずだ。

ではその目を向けなければならない実情とは何だろうか。筆者がこれまでの経験を通じて強く感じるのは「内輪主義」に他ならない。日本の企業組織が持つ同質性は極めて高い。そして戦後、経済の量的拡大を目指す時代においてそれが奏功したのは疑うべくもない。人口も所得も増加し、「作れば売れる」時代においては、売上規模を拡大することこそ企業経営の目標であり、そのためには同じ考え方を持つ、男性を中心とした新卒生え抜きの正社員がなす共同体は効率的に機能した。また、このように直線的な成長経路を描くことができる時代においては銀行借入がしやすく、銀行が企業のモニタリングを行うメインバンク制にも一定の合理性が存在した。
しかし今、量的拡大の時代を終え、日本企業は「作っても売れない」という事態に直面している。液晶テレビやデジタルカメラが在庫の山を築いているように、コモディティ化した商品をつくってもコストでは新興国に太刀打ちできない。世界中の消費者の生活様式を変えるようなイノベーティブな商品が求められている。そのような思考は終身雇用を前提とした、同質性の高い共同体組織からは生まれにくい。中途採用者はもちろんのこと、社外役員も能力を発揮できる多様性(ダイバーシティ)を持った組織に優位性がある。
また、共同体組織では現状の温存と企業体の存続が目的となりがちなので、資本・資産の的確な再配分という今日のグローバル企業経営において最も重要な意思決定を行うことがとても難しい。その結果、不採算部門からの撤退が遅れ、その間に企業価値・事業価値を毀損し続けることになってしまう。ようやく撤退を決めたときには事業資産を二束三文で売り払うしかなく、それが従業員のためにもならないのは明白である。企業がその存続のために内部留保を溜め込むことは一見合理的にも思えるが、限りある資本を企業内部に留めることは他の企業や事業から成長資金を奪うという意味で機会コストは大きく、また当該企業が低収益に留まることで年金財政にも大きな悪影響を及ぼしていることが自覚されなければならない。
このように、日本企業が不採算事業から撤退し、技術力を活かして積極的な新規事業の開拓を行うためには、株主が拠出するリスクマネーの重要性が増してくる。リスクを負担する以上、株主から「稼ぐ力」を要求されるのも当然である。また、投資先企業が期待する収益を上げられないときには配当の増額や経営陣の交代を求めることもある。
したがって、日本企業は、かつてメインバンクとの密接なつながりがその成長を支えたように、”Comply or Explain”の原則に基づく情報開示を充実させることで、投資効率向上について株主との対話に基づく信頼関係を構築しなければならない。そのために本コードでは資本配分と規律や、取締役の責任と役割など、対話の要点となる事項についてベスト・プラクティスを示していくことが求められる。

このように、従来の内輪主義で量的拡大を目指すことから、多様性や開放性を高め質的成長を追求することに日本企業は転換しなければならない。アベノミクスの「第1の矢」として日本銀行による量的・質的金融緩和が行われているが、日銀が国債を買い取り、金利を下げたところで、資本性の資金は増加しない。ETFやJ-REITを購入したところで、投資先企業のガバナンスに不安があれば他の投資家は後には続かない。各企業が資本配分の規律を高めることで、企業全体の利益率が改善し、その結果、企業は株主の信頼を獲得し、更なるリスクテイクに繋げることができる。このように企業の資本効率が改善することは、経済成長を通じて株主だけではなく広く国民全体に利益が享受されるものである。だからこそコーポレート・ガバナンスの強化は「第3の矢」である成長戦略なのであり、本コードはその重要な部分を担っている。
こうした前提認識なくして社外取締役の増員を謳ったところで、いつまでも現場の理解を得ることはできないだろう。これまで内輪主義に慣れ親しんできた人々には多少不都合を伴うものかもしれないが、投資家の現実的な視点を交え、企業が適切なリスクを取ることは、中長期的には全ての国民に大きな便益をもたらすものであるはずだ。本コードの前文ではこのように、なぜ日本企業に収益性の改善が求められ、なぜそのためには内輪主義にメスを入れなければならないのか、十分に示す必要があるだろう。この「実情」を共有することから本コードは始まらなくてはならない。
この20年間、数々の金融危機や信用不安はありながらも欧米先進国、アジアを始めとした新興国のいずれにおいても、株式市場は着実に拡大し、国民に富を還元してきた。他方、その間、日経平均株価は低迷を続け、国民財産や公的年金を毀損し続けてきたことの損害は計り知れない。この責任は企業と投資家の双方にある。公的年金制度の改革や機関投資家の受託者責任に関する改革が進む中、企業側の改革も遅らせることはできない。日本の資本生産性改革は待ったなしである。

内輪主義の三つの問題

次に、筆者が認識する内輪主義の問題を三つ指摘したい。
第一に、日本企業の取締役会の多くは、減点主義の社内政治を勝ち残った内部者による「部門代表会議」であって、OECD原則が求める「客観的な独立の判断を下す取締役」の数が十分ではない。また、相談役などOBからの影響力も大きい。これらのことが、「身内の論理」や「過去の遺産」にとらわれる原因となり、不採算事業からの撤退を先送りさせてきた。
第二に、新卒で入社した社員が昇格して役員になるため、新任役員の85%以上がそれまでに役員経験を持っていない。そのため全社的な視点から経営戦略、財務戦略、ガバナンス・プラクティスを考える能力が不足している役員が多い。にもかかわらず、これを補う研修制度が充実していない。
第三に、ガバナンス体制に関する詳細な事項が開示情報として認識されていないばかりか、そもそも個別具体的なレベルでガバナンス体制が作り込まれていない。メインバンク制の下では銀行はインサイダーとして企業のモニタリングを行うため、日本企業は概して対外的な情報開示には力を入れていなかった。最近では財務情報に関しては国際的に見て遜色のない程度にまで開示されるようになってきたが、グローバル・スタンダードに沿ってガバナンス面において他社と差別化し、投資家にアピールしようとする企業は数少ない。しかし、スチュワードシップ・コードが実効的に機能するためには、各社のガバナンス・プラクティスについての詳しい情報が不可欠である。従って、日本の場合こそ、その情報を開示させるコーポレートガバナンス・コードが極めて重要である。充実したコーポレート・ガバナンス・コードから生まれるガバナンス体制の情報開示は、スチュワードシップ・コードや建設的な対話を推進するための大前提であり、これらは両輪として機能するものなのである。」

(この後、具体的なコード内容について提案されます。)

http://judiciary.asahi.com/fukabori/2014102500001.html

ベネシュが2014年1月27日、本ウェブサイト「法と経済のジャーナル Asahi Judiciary」で金融庁主導の「コーポレート・ガバナンス・コード」制定を提唱した後、翌2月の6日に自民党の日本経済再生本部・金融調査会に呼ばれ、同提案を説明しました。

1月27日の寄稿へのリンク:
http://judiciary.asahi.com/fukabori/2014012400001.html

BDTIについて BDTIでは、取締役や監査役など役員として、また業務執行役、部長など役員を支える立場の方としての基本的な能力を身に着けるための役員研修「国際ガバナンス塾」を定期的に開催しています。(オーダーメイド役員研修も、承っております。)また、「会社法」「金商法」「コーポレートガバナンス」の基礎をオンラインで学べる低価格のeラーニングコースを提供しています。詳細はこちらから。講座の概要は以下の通りです。

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