社外取締役は番組掛け持ちのタレントではない-大谷 清

東京電力の社外取締役候補として、すでに数社の社外取締役を兼務している人材が起用される。東電だけでなく、複数の上場企業の社外取締役を兼任する人をさらに平気で社外役員に招く企業がある。社外取締役は片手間で担える職責ではない。日立製作所は「兼務は4社まで」、とする指針を作ったと報道された(日経)が、日本企業の国際競争力を担保するために、一人で何社もの社外取締役を兼任するという、行き過ぎた兼任を規制すべきときだ。

【記事全文】

東電の新しい社外取締役候補にNHK 経営委員長の数土文夫氏(JFEホールディングス相談役)、三菱ケミカルホールディングスの小林喜光社長、住生活グループ社長の藤森義明氏(元GE本社オフィサー、前GEジャパン社長)らが決まった。

数土氏にはメディアの経営者が事業会社の役員を兼務することの是非が議論を呼んでいるようだが、それ以上に議論されるべきは数土氏がすでに住生活グループと武田薬品工業という巨大企業の社外取締役を兼任している点だ。

上場企業の社外取締役あるいは社外監査役は、その権限と責任を自覚すればするほど、緊張した日常を強いられる。内外の情報につねにアンテナを広げ、大量の経営情報を読み込み、取締役会などの会議に出席して的確な意見を述べ、決議された内容に基づいて執行されているか他の取締役や執行部を監視する。こうした責任を果たすだけでも、張り詰めた神経と多くの物理的な時間が必要になる。

1社ですらこれだから、まして巨大上場企業3社の社外取締役と巨大メディアの経営者というきわめて重い責任を一人で全うするには、常識で考えて超人的な能力が求められはず。東電の場合は巨額の債務を抱え実質国有化企業に転落することもあってなり手が少ない、という事情があったのかも知れない。しかしその職責の重さを考えれば、他の職務を犠牲にするぐらいの覚悟がいるポジションだろう。

上場企業の社外取締役の中には同時に何社も兼任している人が少なくない。連日、発表される6月末の役員人事を眺めていると、数社の社外取締役候補や退任予定者に同じ名前を目にすることがある。それも国際的に気の抜けない競争を強いられている巨大企業に多い。

招く側は「大所高所からご意見を」、受ける側は「それなら」との判断での兼任だとしたら、招く側、受ける側とも社外取締役の役割を履き違えている。「仕事の報酬は仕事」と気軽に何社もの役員を引き受けられるほど、今の日本企業が置かれた状況は安泰ではない。東電は例外、といえるほど安楽に社外取締役を勤められる企業など存在しない。

にもかかわらず本職以外にすでに2社も3社もの役員を務めている人物を社外取締役に招こうとする企業は、社外取締役の役割を、まるで単なるアドバイザーかのように履き違えているとしか思えない。社外取締役は、いくつものバラエティー番組や新聞・雑誌のコラムを掛け持ちするタレントや「タレント学者」ではないはずだ。

社外取締役の職務への忠実度を図るものさしとして取締役会への出席率があり、株主はもちろん一般に公表されている。一般に90%以上なら「合格」、75%以下は「職務怠慢」といわれる。出席率だけで社外取締役の貢献度を評価するのは短絡に過ぎるが、兼任が多すぎると当然、出席率は下がる。会議への出席以外に社外取締役としての任務を果たせる場面はあるとはいうものの、出席率は少なくともその人物が緊張感を持って職責に向き合っているかを推測するデータにはなる。

米国では4社以上の社外取締役を兼務する人物には議決権行使(プロキシー)助言会社が人事案に反対するよう助言すると聞く。日立の自主ルールはこうした動きも勘案したのだろう。社外取締役の起用基準に所属企業との取引額や年齢の制限(75歳以下)などを盛り込んだと伝えられる。それ自身は大いに評価される動きだが、「兼任は4社まで」が事実とすればいかにも緩すぎはしまいか。

日本でも「独立性」の視点からだけでなく、「行き過ぎた兼任」役員は社外役員としての役割を適切に果たせるのか、という視点からも社外取締役の人選が行われるべきだし、必要ならルール化も検討されるべきだ。

(文責:大谷 清)

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